心理学講座 in 盛岡・第二弾のご案内

9月初旬に開催予定の、盛岡での心理学講座・第二弾のお知らせです。

内容:「感情の扱い方・心の癒やし方」

日時: 9月6日(土)AM: 9:30-12:00
場所: サンライフ盛岡 (仙北2丁目4-12)
内容: 心理学講座「感情の扱い方・心の癒やし方」
参加費用: 800円 (資料代込)

 

今回は、感情をテーマに、感情の性質やその作用、上手な扱い方を、詳しくお話したいと思います。「ネガティブな感情」と呼ばれる辛い感情を癒やして解放するにはどうしたらいいか、自分の本質とのつながりを邪魔するものはなにか、等についてもお話します。結構奥深い内容になっていまが、できるだけわかりやすくお伝えし、かつ、実践的な自己ヒーリングの方法も含めてお話するつもりです。

 

参加ご希望の方は、お問い合わせフォームよりお申し込みください。

                                                                                                                         (Chika)

 

 

東京セミナーを終えて

7月12日(土)、東京での出張セミナーを開催しました。

ご参加いただいた方、電車を乗り継いてはるばるお越しいただき、どうもありがとうございました。

会場は駅からすぐでわかりやすいかなと思ったのですが、実際に行ってみると意外にわかりにくく、迷われた方も何人かいらっしゃって、申し訳なかったなと思いました。

東京でのセミナー開催は初めてで、出張セミナーはなかなか大変な点もあるので、今後、またするかどうかについては、「どうしようかなあ。ニーズがあればやってもいいかなあ。」くらいに考えていたのですが、また次も参加したいというご要望をみなさんからいただいたので、次回も、秋ごろ、別テーマで開催しようと思います。

今度は、もっと場所がわかりやすくて、かつ、天井でアイドル歌手が踊ったり、隣でドリルで壁に穴をあけたりしていない会場を探します。(-_-;)色々なハプニングにも関わらず、ご清聴いただき、ありがとうございました。<(_ _)>

次回は、できる限り料金は据え置きのまま、時間を延長し、リラクゼーションのエクササイズと質疑応答の時間を増やして、さらに充実した内容にしようかと考えていますので、よろしくお願いいたします。

 

                                                                                                                             (Chika)

 

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うつの正体を突き止める

うつは、「閉じ込められた感情」であるといわれます。

なんらかの感情が、外に出られずに、水面下で滞っている状態。

特に、悲しみや怒りを抑圧すると、気分が落ち込んで、うつに転じるといわれます。

涙を流して悲しむという行為は、心の痛みを解放するために、とても有効な手段です。

何か大切なものを失ったときに悲しむのは、自然なことだし、自分を癒やすための行為なので、必要なことでもあります。

もし、思い当たる喪失がないのであれば、なにに怒っているだろう、と自問してみるといいかもしれません。

怒りは、批判や攻撃が、自分の外に向けられている状態、うつは、批判や攻撃が、自分自身に向けられている状態なので。

大切なのは、まわりや自分を批判したり攻撃したりすることではなく、原因となっている自分の気持ちをちゃんと突き止め、感じてあげ、癒してあげることだと思います。                                                                                                                                                                                                    (Chika)

 

 

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新しいセミナー企画

現在、新しいセミナーを企画中です。(今のところ、予定は盛岡のみですが。)

今度のテーマは、感情について。

特にマイナス感情とか、ネガティブな感情といわれるものについて、その上手な扱い方、癒し方を詳しくみていこうと思っています。

一つだけいうと、感情を癒やすためには、それを否定したり、無理に変えたり、見ないふりをしたりしないで、ちゃんと受け入れて、認めて、つながってあげるということ。

切り離したり、押しやったり、抑制してしまった感情は、よけいに大きくなり、手が付けられなくなって、いずれまた戻ってきます。そして、戻ってきたときには、もっと厄介な扱いにくいしろものになっています。

感情を分離したり否定するとういことは、自分の一部を分離させたり否定するということ。

感情は、自分の中に取り入れ、統合してあげてはじめて、消化(昇華)され、消えていくものです。

ネガティブな感情とちゃんと向きあい、つながってあげることができた人は、その感情を敵ではなく味方につけることができるので、自分を癒すだけでなく、さらにパワーアップして、前に進むことができるのだと思います。

 

                                                                                  (Chika)

 

 

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ペットによる癒し

アメリカでは、ペットを飼ってはいけないアパートでも、精神科医や心理療法士が一筆書いて、精神疾患の症状があると証明されたら、犬や猫を飼うことができます。(州や地域によるかもしれないけれど、そういうところの方が多いと思います。)

ペットは、人の心から愛を引き出してくれるので、癒し効果があるんですよね。愛のエネルギーは、どんな薬よりも癒し効果をもっています。スピリチュアル的に言うと、ハートチャクラを活性化して、心を開かせてくれるんですよね。

誰かから愛のエネルギーを受け取ったときも、自分が心からそれを発して放つときも、同様に、自分に癒し効果がもたらされます。

ちなみに、私は、犬やネコではないけれど、ヤギを飼いたいから、一筆書いてくれと、クライアントさんに頼まれたことがあります。(^_^;)

 

 

                                          (Chika)

 

 

久しぶりに登場の、うちのネコたちです。

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ポジティブとネガティブ

人間は、生来、誰でもポジティブな存在だと思います。

赤ちゃんは、自動的に親を信頼し、愛するようにできています。幼い子供は疑うことを知らないし、羞恥心もありません。

子供は、今に生きているので、あまり先のことを心配したり、過去のことを思い煩ったりしません。

小さい子供の鬱とか不安障害というのは、ないとはいわないけれど(特に不安障害)、大人に比べるとずっと少ないです。

人を信じられなくなったり、羞恥心を抱いたり、鬱や不安症になるのは、その後の経験によるものが大きく、後天的に学習されたものです。いわば、もともと肯定的な性質をもつ心の外側を、タマネギの皮のように、否定的な見方や感じ方が覆ってしまっている状態です。

それゆえ、ネガティブな精神状態になっている大人が、ポジティブに転じて、自由で幸せな心を取り戻すためには、身についてしまったネガティブなものを認識し、それを手放す必要があるのだと思います。

そのプロセスを踏まないで、自分の心の闇から目をそむけたまま、無理やり気持ちを切り替えたり、盛り上げたりして、ポジティブ思考に転ずると、心はやがて悲鳴をあげます。そういう人は、明るく強く見えても、無理をしているのが伝わってくるので、見ていてどこか痛々しいものです。

心というものは、無視されるのを、とても嫌がりますから、認めてもらえないと、ますます大声をあげて訴えかけてきます。

心にあるものは、すべて理由があって必然的にあるのだから、まず、ちゃんとその存在を認めてあげる必要があるのです。その上で、自分を益していないもの、役に立たないものは、選び取って捨ててもいいのです。そして、この「選んで捨てる」という作業は、ちゃんと見て認識して、つながりを持つことにより、初めて可能になります。

だから、ネガティブな感情にも、ちゃんとつながって感じてあげる必要があるということです。

便宜上、ポジティブとかネガティブという言葉を使いましたが、本当は、心にあるものに、いいも悪いもありません。だから、「ポジティブ」な感情、「ネガティブ」な感情というのも、本来、ありません。すべての感情は、必要があってそこにある、ただそれだけです。だから、こういう感情を持ってしまった、と自分を責める必要も、一切ありません。

ただし、自分の本当の幸せを実現するにあたり、役立つものか、そうでないか、というのはあります。例えば、怒りを持ち続けたり、人を恨んだり、嫉妬したりすると、それがいい悪いというのではなく、その感情にとらわれている間は、幸せを感じにくくなりますよね。 

でも、怒りを感じたり、恨みを抱いたり、嫉妬心を感じるということは、そう感じる理由があるはず。それが自分にとって幸福な状況ではない、とうメッセージを送っている感情たちは、裏をかえせば、何が自分にとって幸せか、何がそれを阻害しているのか、というメッセージもはらんでいるはずです。

それにちゃんと気づいてあげることは、大切だと思います。

光を感じるためには、闇も必要。結局、闇から目をそらさず、ちゃんと見てあげることによって、はじめて、本来もつ光が輝き出る、ということです。

 

 

                                             (Chika)

 

 

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6/28盛岡セミナーを終えて

先日、盛岡で、2度目の心理学講座を行いました。

総勢21名の方にご参加いただき、定員を超えていたのですが、幸い、大きめの部屋に変えていただくことができたので、みなさんに参加していただくことができました。

中には、当日、用事があって参加が難しかったにも関わらず、なんとか都合をつけて駆けつけてくださった方も何名かおられて、とてもありがたく思いました。

みなさん、お忙しい中、参加していただき、本当にありがとうございました。<(_ _)>

冷房をつけるほどでもなかったのですが、ちょっと暑い日で、用意された席も満席に近くて、みなさん余計に暑かったんじゃないかと、ひそかに申し訳なく思っていたのですが、みなさん最後まで熱心に聞いてくださり、質問もたくさん出て、心理学とか心の問題に興味がある人って、実は多いんだなあと、改めて思いました。

1回目のセミナーもそうだったのですが、今回も、もっとやってほしい、次も参加したいという声をたくさんいただいたので、また別のテーマで企画しようと思っています。

どうしよう、シリーズ化したりしたら…(;一_一)。(←プレッシャーを感じている。)

次回、盛岡での開催の詳細が決まったら、またお知らせしますので、よろしくお願いいたします。

 

 

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7月12日東京セミナーのご案内

7月12日15時より、押上(スカイツリー前)駅近くの会場で、東京出張セミナーを行います。東京セミナーの 詳細については、こちらをご参照ください。

※東京セミナーは、チベッタンベルとシンギングボウルによるサウンド・ヒーリングを体験と、セラピーグレードの精油で作ったアロマスプレーがついています(^.^) 。(ここだけの話、このアロマスプレーは、ちょっと錬金術的なやり方で作るオリジナル製品で、光の要素をたくさん取り入れて作ります。)

参加ご希望の方は、お問い合わせフォームまたはお電話(019-681-2268)でお申込みください。(※お問い合わせフォームよりお申込みいただいて、2日たっても返信がない場合は、届いていない可能性があります。お手数ですが、その際は、再度ご連絡いただけるようにお願いいたします。)

ご参加お待ちしております。 

 

 

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劣等感と羞恥心、罪悪感について

アドラー心理学を生み出したオーストリアの精神科医、アルフレッド・アドラーによると、劣等感というのは、幼年期の体験に根差しているのだそうです。子供というのは、本来、弱く、無力で、大人に依存しなければ生きていけないものであり、それゆえに、自然に劣等感を覚えるようになる、というのです。

この劣等感は、大人に批判的な言葉を投げかけられたり、兄弟姉妹と比較されたり、友達から拒絶されたり、といった体験があると、さらに強化されてしまいます。

劣等感から抜け出すにあたって障害になるものとしては、

  • 精神的、身体的、性的を含めた、あらゆる種類の虐待
  • 帰属意識の欠如(自分はまわりとは違うという感覚)
  • 喪失や損傷の体験(自分は不十分であるという感覚)
  • 自分は理解されないという思い
  • ありのままの自分を受け入れてもらえないこと

などが、あげられます。

劣等感は、羞恥心をもたらします。

では、羞恥心とはなんでしょうか。それを理解するにあたって、罪悪感と比較してみましょう。

罪悪感とは、自分の価値観に照らし合わせて、「過ちを犯してしまった」という意識。自分のなした行為に起因します。

羞恥心とは、「自分は過ちである」という意識。自分の存在自体を後悔しているというニュアンスが、そこには含まれています。

罪悪感は、自分の行いを自身の持つ道徳観や価値観に沿うよう正し、方向性を修正するように促してくれる、有益な感覚でもあります。ただし、いつまでも抱き続ける罪悪感は心の毒にしかならないので、罪悪感が役に立つのは、許し(=自分を許すこと)とペアになっている場合に限られます。

これに対して、自分を恥じるという気持ちである羞恥心が、私たちをいい方向に向かわせてくれることは、決してありません。

なので、自己への羞恥は取り除く必要があるのですが、そのためにはまず、自分を許して、罪悪感を消し去る必要があります。

「自分を許す」という恩赦に必要な前提条件としては、①その過ちが現在進行形ではなく、過去のものであること。②その過ちを繰り返さないという、強い覚悟があること。

この2つがクリアできているのなら、いつまでも自分を責め続けることは誰のためにもならないということを理解し、自分を許してあげましょう。

罪悪感の解毒剤が「許し」ならば、羞恥心の解毒剤は、「自己受容」です。いいとか、悪いとか、判断するのをやめて、ありのままの自分を受け入れること。

そもそも、自分の存在がいいとか悪いとか、正しいとか間違っているなどと自分を裁くことは、それ自体、無意味なのです。その判断は絶対的なものではなく、相対的なものに過ぎない。主観的で、偏見に満ち、かつ、その時によって異なる、不安定であてにならないものなのです。 

同じ理由で、自分と人と比べるのも、まったくの時間と労力の無駄です。そんなものは比べようがなく、比べたところで、それは根拠のない思い込みであり、いわば幻想に過ぎないのですから。

なので、誰かと自分を比べて劣等感を持つということ自体、本当は無意味なことだと思います。

自分は自分、ただそれだけ。それ以上でも以下でもない。良くも悪くもない。人の存在価値は、いいとか悪いとか、そういう二元的な判断を超えたところにあると思います。自分の長所だと思うところも短所だと思うところもすべてひっくるめて、どうぞまるごと受け入れてあげてください。

あなたがこの世に生きているということ自体、生かされているということ。生きることを許されていて、すでにこの世界に受け入れられているからこそ、この世に存在している、ということなのですから。

 

(参考資料:Worden, T. (2014).  The Neuroscience of Self & Self-Acceptance: Brain-Based Strategies for Adressing Entrenched Guilt & Shame, PESI Webcast Seminar)

 

 

 

                                                     (Chika)

 

 

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認知行動療法について

「ネガティブな思考は、意識の奥深くに潜んでいる、機能不全の信念(思い込み)や前提からくる。これらの信念が、人生の様々な状況やできごとに触発されると、うつが発症する。この機能不全の思考を変える努力をすれば、多くの心理的な症状から解放される。」

これは、認知行動療法の発案者の一人、アーロン・ベックの唱えた説です。


認知行動療法は、いちばんよく研究され、効果が実証されている心理療法です。

人は、何かできごとを体験すると、思考、感情、行動、この3つにおいて、反応します。

例えば、「先生に怒られた」というできごとを体験した場合。人や状況によって異なりますが、

思考においては、「自分はダメな人間だ。」

感情においては、恥、落ち込み、悲しみ。

行動においては、無口になり、引きこもりがちになる、等が起こると考えられます。

思考、感情、行動の3つは、お互いに影響しあっています。なので、この3つのうちの1つを変えると、他の2つも必然的に影響を受けて変わります。

3つのうち、直接変えることが一番難しいのは、感情です。

思考と行動は、自分の意志で変えることが、可能であり、思考か行動を変えると、感情もおのずと変化します。

ごく簡単に言うと、「思考(認知)を変えることによって、感情を変える」のが認知療法、「行動を変えることによって、感情を変える」のが行動療法、「思考と行動を変えることによって、感情を変える」のが、認知行動療法です。

例えば、「自分はダメな人間だ」という思考を、「先生は今日は機嫌が悪かっただけだ」「怒られたのは自分だけではない」「先生は、自分のとった行動の一部を否定しただけで、人格が全否定されたわけではない」等に変えてあげると、恥や落ち込み、悲しみといった感情が和らいだりします。

また、無口になって引きこもりがちになる、という行動を、あえて、信頼する友達に打ち明ける、外に遊びにいって気分転換する、というふうに変えてあげると、やっぱり、感情の部分に変化が起こるはずです。

認知行動療法は、うつや不安の症状によく使われる、一般的な療法です。

利点としては、比較的単純明快であり、自分で実践することができること、短期間の間に効果が得られる可能性があるということ。

弱点としては、抽象的な理念や、論理的思考が苦手な人には使いづらいこと、また、深い感情的なトラウマには効果が薄いということがあげられると思います。

アメリカでは、やたらと、認知行動療法を使え、と奨励する風潮があります。

アメリカでは心理療法にも保険が適用されるのですが、保険会社によってはその期間が限られていることがよくあって、短期間で行える療法が使い勝手がいいため、という事情が、この風潮の裏にあります。また、論理思考、左脳的思考が好きな欧米人に向いているから、というのもいえると思います。

私の考えでは、認知行動療法は、確かに、比較的浅い、日常的な悩みには、効果的で便利な方法だと思います。
また、「視点(ものごとをどう捉えるか)が、その人の生きる世界を作っている」という認知行動療法の前提となる考え方は、まぎれもない真実であり、そこに気づくことは、幸せな人生を築くにために、とても有用だと思います。

ただ、心理療法としては、限界があり、特に根が深いトラウマや、長期的に抑圧された感情が元になっている症状の場合、認知行動療法では役不足だと感じることが多いです。なぜなら、思考が司る範囲は、顕在意識で認知された部分であり、実際、心の問題というのは、思考よりももっとずっと奥深いところに根差していることが多いからです。

例えば、家もお金もすべてを失って、

「 ポジティブシンキングでいこう。物がすべてではない。やり直しはいくらでもできる。」

と、自分にいいきかせて、頭(思考)を切り替えて、新しいスタートを切ろうとしても、心が納得しないので、気持ちがついていかないでしょう。

この場合、心に自然に湧き起こってくる喪失感、虚しさ、悲しさ、怒りなどの気持ちを認め、ちゃんと悲嘆してからでないと、再出発することはできないだろうし、無理に切り替えようとすると、おそらく後で心にもっと負担を抱えることになります。

つまるところ、心という実体のないものを治療するにあたり、万能の療法というのはありません。人によっても合う方法、合わない方法があるし、同じ人でも、プロセスによって異なる方法が必要になる場合はあると思います。

私個人としては、複数の療法を、その人の性質や状況によって、使い分けるのが、効果的な心の治療を施すにあたり、必要だと思っています。
                                              (Chika)
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