最近、AIが進化して、とても便利な時代になりました。AIアプリに色々なことを相談する人が増えてきましたね。
それが一概に悪いとは思わないし、助けになることも多々あると思いますが、私はAIアプリをダウンロードしたことがないし、AIに物事を相談することはしない派です。(何かを検索しとき、AIが勝手に情報をくれるときは別で、参考になるときは、ありがたく見させていただいています。)
なぜ、AIをあまり使いたくないかというと、あんまり機械に情報収集や情報分析を頼りすぎると、自分の脳というAIに類似した機能が衰える気がするからです。
脳は、ちょうどインターネットのような、目に見えない情報網にアクセスができる、中継器の役割を果たすように思います。
記憶というのは脳の中に蓄えられているわけではなく、量子が存在する場に、過去の体験がすべて記録されており、何かを思い出す時、脳がそこにアクセスして、ダウンロードする、というようなことを、聞いたことがあります。自分の体感として、それは正しいと思いますし、記憶だけはなく、未知の情報も同様に、量子場にアクセスして、脳にダウンロードするのだと思います。
例えば、以前、長距離のドライブをしているとき、ぼんやりと、色が目に映る仕組みってどうなっているんだろう、と思ったことがありました。その次の瞬間、光が物体に放射された時、その物体に応じて、一部の光の粒子が吸収され、それ以外が反射して視神経を刺激し、その結果、脳が特定の色と認識し…といった仕組みが頭に浮かび、ああ、きっとこうなっているんだな、と思いました。その後、それが合っているかどうか、調べてみたら、だいたいその通りで、やっぱり、と思ったことがありました。こういうことはたまに起こります。
これは私だけはなく、本来、誰にでも備わっている能力だ思います。特に、思考(顕在意識)が働いておらず、潜在意識とアクセスしやすい、長距離のドライブとか(その時はアメリカにいて、どこまでも真っすぐな道を何時間か運転していました)、お風呂に入っているときとか、ぼーっとしているときに起こりやすいと思います。これはどうなっているんだろう、と、ふと思うことは、スマホで検索する際に文字を打ち込むのと同じで、膨大な情報の中から、知りたいものを特定し、リクエストする役割を果たします。
能力というのは使わないと衰えるものです。例えば、ナビに頼ってばかりいると、いつまでも道を覚えられないとか、計算機にばかり頼っていたら、暗算ができなくなるとか(どちらも私のことです)。AIに代わりに考えてもらっていると、やっぱり、自分で考える力は衰えていくのではないかと思います。
そもそも、何かを考えたり、感じたりする時、人の脳の中では、張り巡らされた神経の中を高速で電気信号が通り、場合によっては火花が散って新しい神経がつながり(本当の火ではないけど、電気の火花によって、火で神経節同士が溶接されるようになり、つながる)、新しい回路ができたりしているわけで、その働きで脳が活性化してます。AIにかわりに考えてもらっていると、その分、楽かもしれませんが、脳の中を信号が通らなくなり、脳が不活性化され、鈍くなってしまいます。AIに思考してもらうかわりに、余った時間で感性を磨く活動をするとかなら別ですが、そうでなければ、思考や感覚が鈍い人が増えたり、認知症の人が増えたりする可能性があります。
テクノロジーは諸刃の剣です。使い方を間違えると、発達したテクノロジーのために、人の心が貧しくなり、荒んだ世界にもなってしまいます(近代社会がそうであったように)。AIはそうならないよう、心豊かな社会を作るためのツールにしていくことが大事だと思います。
