盛岡心理カウンセリング・ハミングバード

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メンタルヘルス

パニック症状の対処法(後半)

前記事に続いて、後半です。

 

8.即座に心地よさを得られる何かをする

 

・おいしい軽食や食事をとる(この場合、軽食は、糖質やジャンクフードではなく、炭水化物と蛋白質を含むものであること。)

・熱いシャワーを浴びる、お風呂でリラックスする

・アロマの香りを嗅ぐ

 

9.心地よさを感じられる人や状況を思い浮かべる

 

安心感を得られる人物や、平和な光景を頭に思い描いてみてください。日々のリラクセーションとして、日ごろから、心地よい光景を描く練習をしておけば、より効果的です。

 

10.「思考停止」をする

 

①深く息を吸って、「ストップ!」もしくは、「やめ!」と叫ぶ。まわりに人がいる場合は、心の中で叫ぶか、ストップサイン進入禁止を思い描く。

 

②必要なら、①を繰り返す

 

③不安な考えを、より穏やかで、自分を励ましてくれるような言葉に置き換える。

 

「これは、すぐに終わる。」

「大丈夫、パニックは危険なものではない。ただ、やり過ごして、不安感がおさまるのを待とう。」

「これは、恐怖感の対処法を学ぶ、いい機会だ。」

「この危険は、現実じゃなくて、頭の中で起こっているだけだ。本当は、なにも心配ない。」

 

等。

 

もし、「ストップ進入禁止!」と叫んでも、思考停止ができない場合は、手首にはめた輪ゴムをはじく、という方法もあります。

 

否定的な思考を一旦停止できたら、ゆっくり深く呼吸し、呼吸に注意を向けるのも、効果的な方法です。

 

11.腹式呼吸をする

 

腹式呼吸を、ゆっくり、規則正しく、3~4分間行えば、パニック発作を悪化させる過呼吸を抑制し、こわばった胸部の筋肉をほぐすことができます。

 

日ごろから、1日5分、腹式呼吸の練習を行うことにより、よりリラックスしやすい体質を作ることができます。(リラックスできる音楽をかけて行えば効果的です。)

 

12.マッスル(筋肉)リラクセーションを練習する

 

パニック時の不快感の多くは、筋肉の硬直によって起こります。マッスルリラクセーションとは、まず、筋肉をわざと硬直させてから緩めることにより、筋肉をリラックスさせる手法です。パニック発作初期の段階でこれを行うことで、「戦うか逃げるか(Fight or Flight)」の身体反応により筋肉が硬直する過程を逆行させ、パニックを抑える効果が期待できます。マッスルリラクセーションと腹式呼吸を組み合わせれば、より一層効果的です。

 

・こぶしを作って、手をぎゅっと握り締めてください。これを10秒間続けた後、10~20秒間、手を開いてリラックスさせてください。

 

・力こぶを作って、二頭筋を硬直させ、ゆるめる。以下、10秒間、力を込めた後、10~20秒間、筋肉を緩めてください。

 

・目を10秒間ほどぎゅっと閉じた後、10~20秒間、リラックスさせてください。

 

・ゆっくり頭を後ろにそらせて、首の後ろの筋肉を硬直させてください。このとき、首の後ろに意識を集中させます。10秒たったら、15~20秒間、今度はリラックスさせてください。

 

・両肩が耳につくくらい、できるだけ高くあげてください。10秒たったら、10~20秒間リラックスさせます。

 

・肩甲骨のストレッチを行います。肩甲骨が背中でくっつきあように、後ろに向かってそらせてください。10秒後、リラックスさせてください。

 

13.ポジティブな言葉を繰り返す

 

パニック発作の身体的な反応(第一段階の恐怖)は、突然やってくるかもしれませんが、この身体的な反応に対し、いかに感情的に反応するか(第二段階の恐怖)という部分は、パニックの症状に対して自分に何を言い聞かせるかによって決まります。もし、身体的な反応が、恐ろしくて耐え難いものだ、これはコントロールできない、死ぬかもしれない、と、自分に言い聞かせるならば、不安感は否応なしに増します。一方で、起こっていることを受け入れて、自分を落ち着かせて、安心するような言葉を言い聞かせるならば、症状の悪化を防ぐことができます。

 

「大丈夫、この症状はコントロールできる。」

「これは、どうせすぐ過ぎる。体が反応するままに、まかせよう。」

 

などの、ポジティブな言葉を繰り返しましょう。

 

14.ポジティブな言葉と、呼吸法(あるいは、リラックス法)を組み合わせる

 

ポジティブな言葉を繰り返しながら、腹式呼吸(または、マッスルリラクセーション)を行うことにより、最大限の効果が期待できます。

 

通常は、パニック段階の初期で、まず呼吸法を行い、その後すぐに、ポジティブな言葉の繰り返を行うのが最善ですが、人によっては、両方一度に始めたり、或いは、1~2分間呼吸法を行って、身体的反応に十分対処した後に、ポジティブな言葉を導入する方がいい場合もあるでしょう。色々試してみてください。また、組み合わせを行う前に、それぞれの方法を、個別に練習しておきましょう。

 

 

 

以上、1~14まで、主に認知行動療法に基づいたパニック障害の対処法を、ご紹介しました。特に、9~14までは、パニックのみならず、他の不安神経症の症状にも応用できる方法です。各種リラックス法は、例え数分間でも、毎日練習すればするほど、蓄積効果があり、数週間も続けて行えば、よりリラックスしやすい体質に変化することが可能です。よかったら、試してみてくださいね。

 

パニック症状の対処法(前半)

パニック発作の対処法を、The Anxiety and Phobia Workbook 3rd edition (Edmund J. Bourne, Ph.D. 著)より、抜粋したものです。症状に苦しんでいるかたのご参考になればと思います。

 

1.避難する

 

もし、恐怖の対象の近く、あるいは、その状況下にある場合は、不安が治まるまでの間、その場から離れましょう。例えば、スーパーで買い物中の場合は、買い物カゴを置いて、外にでる。車を運転中なら、路肩に車を止める、など、たいていの状況には、逃げ場があるはずです。

 

この際、「避難」と「逃避」を区別することは、重要。「避難」は、気分がよくなったら、また戻るという意図のもとに、一時的にその場を離れることを意味します。「逃避」は、対象に対する恐怖感を増長させる行為に過ぎません。気分が改善したら、必ずまた、その状況に戻るようにしてください。

 

2.人に話しかける

 

近くの人に話しかることにより、パニックの症状や不安な考えから、意識をそらすことができます。スーパーでレジに並んでいるときや、飛行機の中などで、とても効果的な方法です。公の場でスピーチする場合は、緊張していることを聴衆にあらかじめ打ち明けた方が、緊張は和らぎます。

 

3.動き回る、体を動かす

 

動き回ったり、体を動かしたりすることによって、アドレナリンの増加による過剰のエネルギーを消費することができます。職場なら、トイレまで、廊下をひとしきり歩く、家ならば、身体活動を要する家事に勤しむなど。或いは、ジョギングや水泳などの運動、ガーデニングなどに従事するのもよいでしょう。

 

4.「現在」にとどまる

 

まわりにある、具体的な物体に意識を集中させましょう。電車の吊り広告とか、外に見える雲とか、スーパーの雑誌コーナーの本など。「現在」にとどまって、外界の対象物に意識を向けることにより、不快な体の症状や、悲観的な思考から、気をそらすことができます。

 

5.単純な反復作業を行う

 

パニックの症状や不安感から気をそらす、単純な反復作業が色々あります。

 

・ガムを包み紙から取り出して噛む

・100から3まで、数字を逆に数える

・財布を取り出して、小銭を数える

・カギのギザギザな部分や、ブラシの歯に触って、感触を確かめる

・手首に巻いた輪ゴムを、パチンをはじく

・ぬれたおしぼりを顔に当てる

・パニック時用のセルフ・トークを書いた紙を取り出して読む(「大丈夫、これはすぐに終わる。」等)

 

6.集中力を要する活動に従事する

 

これは、不安が高まっているときや、パニックの時は、開始すること自体が難しい行為ですが、一度従事してしまえば、より継続して、かつ、効果的に、不安から注意をそらすことができます。

 

・面白い本や雑誌を読む

・パズルを解く

・縫い物や編み物をする

・トランプやボードゲームをする

・計算する

・楽器を弾く

・今日の計画を立てる

・絵を描いたり、粘土で遊ぶ

 

7.怒りを表現する

 

不安と怒りは、相容れない反応です。この2つを同時に経験することはできません。パニックが、心の深いところにある怒りや欲求不満の代役を果たしている場合が、よくみられます。怒りを、単に言葉で表現するだけでなく、(怒りを表しても害のない対象物に向けて)身体的に表現すれば、パニックの発生を防げる場合があります。

 

・枕をたたく

・安全な場所で叫ぶ

・卵を1ケース、バスタブの中に割りいれる(あとですぐに洗い流せます。)

・サンドバッグを殴る

 

パニックの初期症状自体に怒りをぶつけることが、効果をあげることもあります。パニックと闘うという意味ではなく(それでは逆効果です)、恐怖の背後にある感情を、別の感情に変換させるのです。

 

「また、これか!もう、人がどう思おうと、知るか!」

「パニックなんて、ほんとにバカバカしい反応だ!」等。

 

※ただし、「パニックに怒りをぶつける」のは、一番先に試すべき方法としては、お勧めできません。他の方法を先に試してみてからにしてください。

 

(後半へ続く)


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ネガティブな感情の対処法

昨年開催した感情の扱い方のセミナーに参加していただいた方にはおさらいになりますが、ネガティブな感情の扱い方を、ごく簡単に書いてみたいと思います。

ネガティブな感情は、その感情を抱いたとき、通常取りたくなる行動の反対のことをして対処する。

たとえば、何かを恐れているときは、そのものから逃げたり避けたりしたくなるのが人情ですが、避けないであえて直面する。そしてそれを何度も繰り返し行えば、しまいに怖くなくなります。

例えば、人前でスピーチするのが怖いとき、何度も場数を踏めば、慣れて怖くなくなる、など。

悲しいときは引きこもりたくなるかもしれませんが、あえて外に出るようにするとどっぷり落ち込むのを避けられるかもしれません。

誰かに腹を立てた時は、その誰かに向かっていき、攻撃したくなるのが自然ですが、そういうときは、あえてその人から離れて距離を置くほうがよいでしょう。

怒りの感情のままにぶつかっていくと、たいてい、言わなくてもいいことをいったり、最悪、手を上げたりしてしまい、人間関係がこじれて、もっと問題を増やしてしまいます。自分の苦痛を増やさないためにも、感情のコントロールができるくらい落ち着くまでは、いったんその場を離れたほうが賢明でしょう。

あるいは、怒っている相手にいじわるをしたり、苦しめたりしたい気分になるのを、あえて優しくするのも効果的な場合があります(これをするのは、「言うは易し、行うは難し」なんですが)。自分に好意を向けてくる相手を攻撃したり、傷つけたりするのは、通常の人間関係においては、結構難しいもの。こちらがあえて優しくすることにより、相手の敵意が和らぎ、その場の空気が変わり、結果として、こちらの怒りも和らぐということが起こりえます。

以上、基本的な「ネガティブ」感情の対処法を書きましたが、本当は感情にはポジティブもネガティブもないんですよね。快い感情とか、痛い感情とかはありますが、いい、悪いというのは実際にはありません。どんな感情も必要だから起こる、ただそれだけです。

一番大事なのは、どんな感情であっても、自分の感情をちゃんと認識して、体験する、ということ。それが自分の感情を大事にするということでもあると思います。

そうすると、感情は滞らずに流れていきますから。

多くの心の問題は、感情の滞りから発生するのだと思います。

どうか、自分の感情(気持ち)は、大切に扱ってください。

 

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心のお医者さんの選び方

 

私がアメリカから帰国して、日本の精神医療事情を初めて知ったとき、ショックを受けたことは多々あるのですが、その一つに、処方薬の多さがあります。

あまりにも多種類の、重複した薬を出しすぎているように思います。「不安」というひとつの症状に、5種類も6種類も薬が処方される。

私は精神療法士なので、精神科医や心療内科医と違って、薬の処方はできませんし、薬物療法は専門外なので、意見する筋合いはないのかもしれません。それでもアメリカでは私たちは精神科医とチームを組んで共通の患者を治療するので、どういう症状の人にどういう薬がどのくらい処方されているかは、割合よく把握していました。

アメリカでは日本以上に向精神薬の処方薬の依存が問題になっており、何年も何十年も向不安薬や麻酔的な作用のある痛み止めを飲み続けた人が、それなしでは生きていけなくなる姿を、実際に私も見てきました。そういう薬に依存してしまうと、麻薬と同じで、薬が切れると強い不安に耐えられず、半狂乱になったりします。そして、薬を手に入れるためならなんでもするようになる。慢性的な痛みがあって痛みどめを処方されている自分の母親のかばんから、薬を全部盗み出すことを繰り返す。母親は娘に盗まれないよう枕の下に薬を隠して寝ている、というケースも割合よくありました。こういう場合、娘の薬への依存のために、親子関係もひどく傷ついてしまっていました。

特にベンゾ系の向不安薬は、即効性がある代わりに依存性が高いので知られています。その結果、やめられなくなり処方した医者が訴えられるということが多くなり、ベンゾ系の薬はもうアメリカでは処方されなくなってきました。日本では、おそらくまだ一番多く処方されている薬の一つですが、アメリカに持ち込めば、麻薬扱いで処罰されます。

向精神薬を飲みすぎて薬漬けになっている人の顔は、見ただけでわかります。表情に生気がありません。向精神薬は、丹田に蓄積されている生命エネルギーを大幅に奪うので、人を無気力にします。活力を奪うだけでなく、集中力、記憶力も鈍らせ、意志の力も奪ってしまう。だから、自分の心を自分の意志でコントロールする力は低下します。自分の心をコントロールできなくて、どうやって心を健康な状態に戻せるでしょう。

もちろん、このようなデメリットがあっても、向精神薬を飲むメリットの方が大きい場合も、中にはあるでしょう。飲まなければ自傷他害しかねないほど心が不安定な場合などは、薬を飲んだほうがいいと私も思います。

でも、薬を飲むことにより、余計症状をひどくしている場合や、もともとの症状以外に、体調を悪化させる等、別の症状を引き起こしている場合も、多々見受けられるのも事実です。

こういうことを踏まえて、精神科医や心療内科医にどうしてもかからなければならないというなら、副作用を訴えたとき、ちゃんと耳を傾けてくれる先生を選ぶよう、お勧めします。それと、薬を処方するとき、それが何の薬で、どういう作用があり、どういう副作用があるかまで、ちゃんと教えてくれる人。向精神薬に副作用はつきものです。そこまでちゃんと説明してくれるお医者さんは、少なくとも誠意があると思います。

これは、身体のお医者さんにも言えることですが、心のお医者さんものいうことも、権威のある人だからといって鵜呑みにしないこと。誤診というのは残念ながら実際あるので。(それも残念ながらよくあることです。)

心の問題には必ず原因があります。原因を見ないで、表面に出ている症状だけを薬で抑えるというのは、根本的解決にはならないです。たぶん、今の日本の精神医療システムでは、ちゃんと原因まで探って根本的治療をするというのが時間的にもその他の事情的にも難しいのでしょうが、「この人、そんなにたくさん薬を飲み続けなくても、治るのに。(っていうか、薬を飲み続けても、ここを改善しなきゃ治らないのに。)」と思う人が巷にあまりにもたくさんいて、本当に歯がゆいです。

そこまで薬に頼らなくても、心の治療ができるようなシステムが、早く日本にできたらいいのに、と切に願う今日この頃です。                                                                                                                                                      

 

 

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ただいま、勉強中

今度のセラピーグループでは、マインドフルネスをテーマとして取り上げる予定。

なので、マインドフルネスに関する知識をおさらいし、さらに磨きをかけるため、本を読んでいます。

カウンセリングの勉強は、ここまでやったからいい、というものではなく、スキルアップのために常に続けていかねばならないと思うし、また、やるのがとても楽しいです。精神医療の最先端であるアメリカの臨床心理では、新しい療法がどんどん生み出されており、少し前まで一般的だった療法はもう古い、ということがよくあります。効果のほどについても、よく研究されている。遅れないように普段から勉強は怠らないようにしないと。

マインドフルネスは、一言でいうなら、「自分の中や外で起こっていることに、ちゃんと気づきながら、今、ここに生きるということ」です。

ほとんどの人は、過去や未来に囚われて悩み苦しみながら、自分の内面や自分の周囲で何が起こっているかほとんど気づきもせず、半分眠ったように日々を送っています。マインドフルネスを実践すれば、意識が覚醒し、今、この瞬間において、苦悩や悩みから解き放たれることが可能です。即効性が高い技法でもあります。

ただ、それを日常的に実践するのはなかなか難しく、概念として理解するのも、最初は難しい。それもそのはず、もともとは禅の修行の一環として行われているものなのです。

アメリカでは、近年、マインドフルネスは心理療法のスキルの一環としてかなり体系化され、さかんに研究もされています。うつや不安などの症状にも効果が高いのですが、特に、治療が難しいとされていた境界線パーソナリティー障害の治療に組み込まれて、成果を上げていることは注目に値します。

そのマインドフルネスの勉強を邪魔し、マインドフルな状態を妨げる存在がひざに…(-“-)。しょうがないから、ネコの上に本を広げる。「意識の対象としてフォーカスしなければ、物体は存在しないのと同然」と自らに言い聞かせることにより、この難局(=太ったネコがひざに乗って勉強の邪魔をする)を切り抜けようと思います。

                                                                                                                                 (Chika)

 

 

 

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心の状態と部屋の状態

物を捨てられず、部屋が散らかっている人は、鬱の人が多いようです。だから、家をゴミ屋敷にする人は、たいてい鬱だと思います。心にもいらないものをため込みすぎて、動けなくなっている状態ですから。 

アメリカにいたときのクライアントさんで、いらないとわかっていても、次から次へと物をため込み、捨てられない人がいました。この人は、物を捨てるのが怖いと言っていおり、つまりは変化を恐れている人でした。捨てればスペースができて新しいものが入ってこられるのですが、今までにさんざん痛みを経験しているため、新しい体験を恐れるのです。もちろん、これは深層心理の話で、この人自身はその自覚がありませんでした。この人はセラピーを信じていないと言い、自分をよくするためにどんな手法も使ってほしくない、ただ話を聴いてほしいだけだと言い張り、何年も規則正しく通い続けては、同じ内容の不満を変わらず言い続けていました。この人の症状はもちろん一向によくならず、症状を一時的に抑える向精神薬を大量に飲み続けているため、身体が耐え切れなくなって、時々気を失うまでになっていました。

一方で、不安が強い人は、しばしばとても部屋がきれいです。 

同じくアメリカにいたころのクライアントさんですが、OCD(強迫神経症)の人で、不安から気をそらすために、毎日夜中に何時間もかけて部屋を掃除している人がいました。そんな必要ないのに、同じところを毎日きれいにするのをやめられない。そして疲れ果てていました。 不安な人によくある特徴の一つとして、この人は、セッション中よくしゃべる人でした。話していないと不安なのでしょう。こちらがあまり口を差し挟めないくらい、次から次へと話す。専門用語ではこれをpressured speech(切迫談話)といいます。

 常に頭が過剰に動いているということは、思考が静止したときに沈黙の中で湧き上がってくる自分の本当の感情や心の問題と向き合うことを、恐れている可能性があります。けれども、そういう場合、やはり、逃げたり避けたりすのをやめて、紛らわせている不安と向き合わない限り、症状が改善しません。  

このように、心の状態と部屋の状態は、密接にリンクしているものだと思います。

                                            (Chika)

 

006

 

他人より自分を観る

周囲の人に対する悪口や不満を、言ってはいけないとはいいませんが(ため込むよりは吐け口を見つけたほうがいい場合もあるので)、ただ、残念ながら、それをしている間はその人は幸せになることはできません。

また、自分に害を及ぼした(と信じている)人が、心理学的にいかに病的であるかを熱心に分析する人がいますが、厳しい言い方をすると、それも時間の無駄です。なぜなら、いくら相手を分析しても相手は変わらないからです。相手が悪い、自分は被害者だと考えることにより、一時的に慰められて気分がよくなることはあるかもしれませんが、それでは状況は悪化することはあっても、よくなることはまずないでしょう。

自分ではなく、他人の問題にフォーカスしている間は、問題は解決しません。

 

「隣人の語ること、行なうこと
 考えることを気にかけない者は
 どれだけ多くの利益を受けることだろうか」

「他人の魂のなかに何が起こっているか
 気をつけていないからといって
 そのために不幸になる人は
 そうたやすく見られるものではない
 しかし
 自分自身の魂の動きを注意深く見守っていない人は
 必ず不幸になる」

 

マルクス・アウレリウス・アントニヌスの名言は、真理をついていると思います。

どんなに他人の中に過ちを探しても、自分の苦しい状況は改善しないということです。自分自身の内面に目を向けて、なにが今の不幸せな状態の原因であるかを見つけ、それを変えようという意志を持ち、正しい方向に努力することによってのみ、状況はよくなっていくものだと思います。

 

 

                                         (Chika)

 

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本当の自分とのつながりを断ち切るもの

本当の自分を覆い隠して、本質的な魂の部分とのつながりを断ち切ってしまう要因に、生きのびるために身に着けた仮面や、自らに課している役割があります。

これらの仮面や役割は、恐れや痛み、不快な経験に対処するための方法であり、通常、まだ若くて身を守る術がなかったころに身に着けた一種の処世術です。

これらは、自分の感情を感じることを避け、その状況において刹那的にパワーを獲得するための方法でもあり、現実から目をそらし、ぼんやりと、なんとなく生きることを手助けします。

ただ、これらのサバイバルスキルには大きな欠点があります。短期的には、痛みを感じないように助けてくれますが、長期的に使い続けると、自分の内面とのつながりを弱めてしまい、自分の魂の部分からくるシグナルを、わからなくしてしまうのです。

自分の本質的な魂は、すべてを熟知している潜在意識とつながっており、どうやったら本当の意味で満たされて幸せになれるか、いつも私たちにシグナルを送って導こうとしています。ただし、このシグナルはとても微妙で繊細な音で発せられるので、私たちが自分自身とつながり、内側に意識を向けていないと、容易に聞き逃してしまいます。

生存のための仮面をかぶったり、役割を果たすのに夢中になっていると、このシグナルをキャッチすることができず、自分が本当に行きたい方向から、どんどんずれてしまい、望まない現実を築き上げる結果になります。

それを防ぐためには、

①自分がかぶったり演じたりしている仮面や役割はどれか、気づく。

②その仮面や役割が、今でも本当に自分に必要なのか、それともデメリットの方が大きいか、それは本当に自分を満たしてくれているか、これからも続けていきたいか、自問する。

人は、自分の役に立たないこと、自分を害することは、通常、やらないものです。それがもう、自分に利をもたらしてはいないと意識することは、その行為をやめるための、第一歩です。

 

中毒/アルコール依存

–家族システムの中で恥を担う「病気持ち」。悪いことは全部この人のせい。衝動的・依存的な行動に没頭することで、現実や本当の気持ちに直面するのを避ける。

いじめっ子/支配者

–極度に怖がりで、不安定で、真の自己からかけ離れた存在。他者を身体的・精神的に支配することで、自分の中の恐れや不安を見ないようにしている。

世話人/救済者

–人の世話をすることで、自分を見ないようにする。人が必要なものは知っているが、自分が必要なものを知らない。世話することが、他者に及ぶ自分の影響力や、必要とされている感を得るのに役立っている。

不適合者/失敗者

–自尊心が低く、繰り返し恥の気持ちに見舞われる。自分は不完全、悪い、欠陥があると感じている。この信念体系を維持することによって、自分の人生に責任を負わなくてよくなる。

病みつきギャンブラー

–ゲームに依存することで、気晴らしやパワーの獲得感を得て、現実逃避する。孤独感や自己対峙の必要性から気をそらせている。

理屈屋

–感情的な問題を分析することで、直接的な対峙を避ける。知的レベルにとどまることで、本当の気持ちを感じなくて済む。

ロストチャイルド

–独りになることで、自分が注目されることを避ける。自分の世界に住む、「申し分のない」おとなしい子。人よりも物に愛着をもつ。人と深く関わるのが苦手。

マッチョな男/女

–見かけ上は強く、自分を律することができている。助けを求めるのが苦手。恐れや無力感を仮面の下に隠し、人を遠ざけようとする。

殉教者

–自己憐憫にひたり、自分は理解されない・感謝されない・重荷だ・希望がないなどと感じている。自分の人生に責任を持てず、救済者や調停役のふりをしている場合も。他者に面倒を見てほしがっている。

マスコット

–子供っぽく、かわいらしく振舞うことで、成長することを避けている。クラスのピエロ役。ユーモアを使って家庭内の緊張を和らげる。責任を避け、人に面倒を見てもらいたがる。

八方美人

–境界線が甘く、人につけこまれやすい。ノーということを恐れる。好かれるために、自分を犠牲にし、他者のニーズを満たそうとする。自尊心がとても低い。

完璧主義者

–失敗への恐怖に駆り立てられ、どんな間違いも避けようとする。心の奥深くにある無価値観を埋め合わせるため、外側で完璧であろうとする。

ぐずぐず屋

–習慣的な不注意や怠惰から、ものごとを先延ばしにする。問題を見るのを避けたり、自分の責任を人に取らせようとしたりする。

永遠の子供

–成長して大人の責任を取りたくない「ピーターパン」タイプ。遊んで楽しんでいたい。

反抗者

–反抗的な態度で責任逃れをする。否定的な行為で注意を引こうとする。学校で問題を起こしたり、法的なトラブルを起こしたりする。薬物問題を抱えることも。

生贄

–うまくいかないことがあると、いつも責めを負う。ネガティブヒーローの役割。家族の痛みや恥を表現する。

やり手の成功者

–自己価値観の低さを、生産性や競争にこだわることで埋め合わせしている。自尊心の基盤が「行為」であり、駆り立てられるようにそれを行う。

代理の夫/代理の妻

–代理の夫は、父親の代わりに母親の感情面のケアをし、母親の幸せに責任を感じている男性。代理の妻は、父親の感情面のケアをし、父親の幸せに責任を感じている女性。

尻軽男/女

–追い求めてセクシーに振舞うことで注意を引こうとする。愛を求めても、利用された感、孤独感だけが残る。

吸血鬼

–他の人の資源を使おうとする。与えるものがない人には興味を示さない。この人のそばにいると疲れる。

犠牲者

–慢性疾患を抱えた「病人」であることも。自分を哀れに思い、それを口にする。自分の痛みについてだらだら愚痴をこぼし、誰にもわかってもらえないと訴える。自分自身を助ける責任を逃れている。救済者や援助する専門家をひきつけ、人を操ろうとする。

仕事中毒

–駆り立てられるように忙しく、仕事や成功を追い求める。感情を麻痺させ、無力感を避けるために、仕事に没頭する。休暇を取ったり、娯楽や楽しみを得ることが困難。

買い物依存/物質主義者

–現実や自分の感情から逃げるために、衝動的に買い物をする。

 

いかがでしたか。ご自分に当てはまったものはありますか。

当てはまったからといって、心配したり自分を責めたりしなくても大丈夫です。誰でも一つや二つ、もしくはそれ以上の仮面や役割をもっているものですから。それがいいとか悪いとかジャッジするのではなく、ただ、気づいて認めてあげることが大切なんだと思います。

 

                                              (Chika)

記憶のしくみ

私たちは、日々、新しい体験を積み重ねて生きています。でも、その体験のすべてを記憶しているかというと、そうではありません。ある体験は記憶の彼方に葬り去られ、ある体験は、時がたっても昨日のことのように思い出してしまいます。その違いはなんなのでしょうか?

カギになるのは、その体験をしたときどれだけ心身が興奮状態にあったか、なんですね。

実は、人が最も覚えているのは、傷ついた体験、侮辱された体験です。身を脅かすものに直面し、ストレスホルモンであるアドレナリンが分泌されると、今後の防衛のために、その体験は私たちの意識にしっかりと刻み付けられます。そのため、アドレナリンがたくさん放出されたできごとほど、後々まで忘れずに覚えているというわけです。

人は、概して、いい体験よりも悪い体験の方を、よりよく覚えているものなのですが、これも生存のために古くからある原始的な脳がそのようなしくみに作られているからだと言われています。

いい体験を覚えていなくても命には別条がありませんが、身の危険を感じさせられた悪い体験を覚えていないとなると、その後、同じような体験が起きたときに危険を認識して避けることができず、命に関わります。脳の最優先事項は、命を守ること、体を生かしておくことです。感情的な快・不快は、脳にとって二の次。だから、つらい経験であっても、生存のために必要ならば、忘れることなく記憶に保存されるということです。

ただ、私たちの判断は、しばしば誤ることがあります。その結果、危険ではないものを危険だと誤認識し、不必要な警戒をして、無駄にストレスホルモンを放出し、心身を疲れさせてしまうことがよくあります。「ヘビを見たら3年縄が怖い」といいますが、ヘビを見るという恐怖体験がトラウマになり、縄のように安全なものであっても、いちいち過剰に反応してしまうというということなのです。この場合、もうこの体験は終わった、「ヘビ」はいない、あれは過去のことで現在ではない、今はもう安全だから大丈夫、ということを、身体レベルで納得させることが、過剰反応をやめるために必要になってきます。

また、その体験があまりにも恐怖や苦痛に満ちていて、心が耐え切れない場合は、安全装置が働いて、記憶は意識に刻まれる代わりに、一時的に顕在意識から消去されるということが起こります。幼児期に虐待を受けた多くの人が、子供時代何があったかよく思い出せないという、臨床現場ではよくみられる現象が起こるわけも、ここにあります。けれどもそれはあくまでも一時的な対処法であり、潜在意識に抑制された痛みの体験は、長く放っておけば置くほど、心を蝕むという代償を払わなければならないので、いつかは取り出して、直面しなければならなりません。

記憶に刻みつけられた体験であれ、一時的に消去された体験であれ、それを本当に忘れるためには、その体験がもたらした痛みの感情を昇華させることが必要です。昇華とは、消化することでもあります。痛みの感情には必ず意味があるので、それをちゃんと見つめて、受け入れ、理解するということ。自分の人生から除外するのではなく、その体験がもたらした意味を見つけ、自分の人生に必要なパーツとして組み込んみ、自分自身に統合するということ。その作業ができたとき、その体験は、痛みしかもたらさない厄介な体験ではなく、自分に力を与えてくれるリソース(資源)へと変わります。それと同時に、記憶や潜在意識にとどまっている必要性もなくなるので、自然に消えていき、私たちはその体験から自由になることができるのだと思います。                                (Chika)

幼少期の親子関係の重要性について

人間の発達において、先天的なものと生後の養育、気質と環境のどちらがより大きな影響を及ぼすかを調べるため、アメリカのミネソタ州で長期的な研究が行われたことがありました。この研究は、Minnesota Longitudinal Study of Risk and Adaptationといって、1975年よりおよそ30年かけて、180人の子供とその家族を詳細に調査するという大規模なものでしたが、その結果、次のようなことが明らかになりました。

子供が思春期に深刻な問題行動を起こすようになるかどうかは、母親の性格、子供の先天異常、IQ、子供自身の気質とは、あまり関係ない。カギになるのは親子関係であり、親がどう子供のことを思い、どのように接したかである。

幼児期、継続的によく世話をされた子供は、心身の統制が取れた子供へと成長し、不安定な子育てを受けた子供は、常に高ぶった生理状態になる。結果として、不安定な親の元に育った子供は、しばしば、承認を求めてうるさく騒いだり、ちょっとうまくいかないと強い苛立ちを覚えたりするようになる。継続的な高ぶりは慢性的な不安を生み出し、子供は大きくなると、神経質で冒険心に乏しい人になる。

幼児期にネグレクトされたり、過酷な環境で育った子供は、学校で問題行動を起こすようになり、他の子とトラブルを起こしたり、他の人の悩みに対する思いやりを持てないようになる。

私自身は、環境がすべてを決定するとは思っていないので、上記の研究結果はあくまでも一般的傾向であり、子供がどういう成長の仕方をするかには、生まれつきの気質も大きな役割を果たすことがあると思うのですが、確かに子供時代の親子関係が人の人生に多大な影響を与えるということは否めない事実だと思います。

私が見た中でいうと、不安定で一貫性のない子育てを受けた子供は、成長する過程で、強い不安、または怒りを持ち続けることが多いようです。

不安と怒り、どちらが強いかというのは、その子供の生まれつきの気質によります。特に男の子は、怒りが攻撃性を帯びる場合が多いように思いましたが、これはアメリカの臨床経験の観察によるもので、日本では違うかもしれません。(日本では子供のクライアントをまだほとんど扱ったことがないので、よくわかりません。)

例えば、ある10歳の男の子は、学校で「今度、銃を持ってきて、お前らみんな皆殺しにしてやる」と暴言を吐き、手におえないといわれてカウンセリングを受けていましたが、この子は、お母さんがアルコール依存で子育てができず、父親も不在で、お祖父さんに育てられていたのでした。強がってはいるけれど、本当は心の底で、母親のことをとても心配し、傷ついているのが、見ていてわかりました。

女の子にも似たような例がありました。小学校で問題行動を起こし、クラスメートとうまくいかずに、カウンセリングに連れてこられた子だったのですが、この子はとにかく怒りが強く、心を閉ざしていて、口をきかない。その時は私ではない別のセラピストが担当していたのですが、アートセラピーで絵を描くときだけ、夢中になって描くのだそうです。しばらくたって来なくなったこの子は、数年後、また問題を起こして、カウンセリングに連れてこられ、今度は私の担当になりました。10代半ばに成長した彼女は、以前よりも素直で穏やかになっており、私にこう打ち明けました。

「小学校のころは、私、いつも怒っていて、誰にでも攻撃的だった。とても悲しかったから、誰とも口をききたくなかったの。」

この子にも、アルコール依存で子育てはおろか、自分の世話もできない母親がいたのですが、彼女もやっぱり、母親のことをとても心配しており、だけど自分の手では母親を助けようがなく、無力感と深い哀しみに苛まれていたのでした。彼女の怒りも、前述の男の子と同様、抑うつ状態が転じたものだったと思います。

もしも、親が一貫した愛情をもって安定した子育てをするならば、例え物質的には多少の不自由があったとしても、適切な問題解決能力を備え、安定した心を持った大人が育ちます。そうなれば、結果として社会問題の多くが改善されるのではないだろうかと思います。

この研究結果を見て、社会における子育ての大切さを再認識させられた気がしました。              (Chika)

 

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