盛岡心理カウンセリング・ハミングバード

ハミングバードは、心理療法カウンセリングのセラピールームです

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04月

内側にあるエネルギーの源泉

先日カウンセリングしたクライアントさんの話です。

個人情報になるので詳細は書きませんが、この方はとてもまじめな方で、何をするにも、間違ってはいけない、こうあらねばならないと厳格に自分を律して生きてこられました。

そうなると、人は、できないことにフォーカスしがちになるので、自分はダメだ、という強い自己否定感や自責感、なんでほかの人みたいにうまくできないんだろうという劣等感を強く持ってしまいがちになります。

この類の人は結構多いのですが、カウンセリングをしていてこういうクライアントさんたちを前にすると、私の脳裏には、がんじがらめに縛り付けられて、本来の自己が萎縮し、息ができないような苦しくて窮屈な状態のイメージが浮かびます。がんじがらめに縛り付けているのはほかならぬ自分自身なので、それを緩めてあげればいいのになあと思います。

この類の人たちは、押しなべて呼吸が浅く、不安を抱きがちです。常に体を固くして呼吸も酸欠状態なので、血流が滞り、頭痛や肩こりに悩まされる人も多いです。

先日のクライアントさんもその通りで、体にあちこち痛みを抱え、体調がすぐれないことが常でした。

ところがある日、この方は、本人曰く「不思議な体験」をしました。

ずっとあれこれ心配しては将来を憂い、自分はダメだと思って毎日を過ごしていたこの方は、体調が悪くて寝込んだ数日間、思い切って情報断捨離をしたのだそうです。不安に駆られて情報をどんどん追求し、怒涛の情報に翻弄されてさらに不安になるという行為をやめるために、あえてやってみたのだそうです。

そうすると、今まで何年も忘れていた、昔好きだったジャンルの本と再会し、夢中になってそれを寝床で読んだのだそうです。そうすると、ワーッと湧き上がるように歓喜があふれ、体は辛いが心が満たされ、幸せを感じるという体験をしたといいます。

いったんそうなると、昔大好きだった音楽がラジオから流れてきて、懐かしさに舞い上がったり、子供の頃絵を描くのが大すきで、夢中で描いていたことなどを思い出したりして、心地いい体験の連鎖が起こったそうです。

結果として、いままで面倒だと感じてやる気にならなかった家の片付けなどにも、手をつけられるようになったのだそうです。

このクライアントさんは、こうあらねばならぬ、そうでなければお前はダメだ、という、いわば「既存の基準ではかられた正しさを自らに強制する意識」が非常に強かったために、自分はこれが好き、これがうれしい、これが楽しいという、自発的な心地よい喜びをシャットアウトして生きてこられました。

自分の自然な心に反して無理強いすると、心は苦しくなり、連動して体も苦しくなります。エネルギーも枯渇します。少ないエネルギーでしようとすると、力を振り絞らなければならなくなり、とても疲れます。動くのが面倒になりますよね。なので、外から強いられた「こうあるべき、あらねばなぬ」で生きていると、最終的には気力不足で、本当にやったほうがいいことでも億劫に感じたり、やる気が起こらなくなって、できなくなります。

一方で、ただ無条件に好き!楽しい!と思える何かは、心を潤わせ、掘り当てた泉のように内面からエネルギーで満たします。そうなると、気力が充実し、心に張りができるので、やる気が起こるし、免疫もあがって体も元気になります。そうなると、同じことでもさほど疲れを感じず、さくさくできるようになります。より活動的になれるというわけです。

やりたいことばかりやっていて、義務を怠るのはよくないでしょうが、義務ばかりでやりたいことを禁じていると、人の創造性(なにかを新しいことを作り出す力)は枯渇します。

画家や作曲家などのアーティストや、作家などが、売れることを目指し、損得を考えて作品を作るときは、外の基準で自分を強いているのと同じことが起ります。自分の内面の喜びの源泉にアクセスしていないので、純粋な創造性が発揮されません。人工的、作為的になってしまうために、売れたとしても、すぐ飽きられてしまい、心を打って長く後世に残るような作品にはなりません。

無条件にこうしたい、これが好きで夢中になれる、という、子供が感じるような純粋な喜びは、自分の中にお金で買いがたい、豊かで美しいエネルギーをたくさん生み出すものです。ストイックに禁じないで、大切にしてあげるといいと思います。

「気が強い」と悪いものをはねのける

「気が強い」と、邪気をはねのけ、悪いものに影響されにくいです。怒られても悪口を言われてもあまり引きずらずに立ち直れるし、いじめのターゲットにもなりにくい。病気にもかかりにくいと思います。

一般的には、負けん気が強くてアグレッシブな人を、気が強い人というのだと思いますが、ここでいう気の強さは、攻撃的という意味ではありません。

攻撃的な強さを感じさせる人は、エゴが肥大している(inflated ego)が多く、どちらかというと、実際よりも大きく見せようとしているけれど、中身はつまっていない、風船が膨らむような大きさを示している人が多い気がします。ネコが背中を逆立て、しっぽを太くして、実際より大きくしようとしているのと同じですね。人は、本当は自分に自信がないとき、力にまかせて相手を支配することで、自分を強くみせようとすることがありますが、これはほんとうの「気」の強さではありません。

優越感を持ちたいがために威張ったり、業績やステータスにこだわったりする人は、裏を返せば劣等感が強くて自信がない人が多いです。そういう人は、業績や社会的地位、お金、人からの賞賛など、本当は危うくもろい自我を補強しようとしてしがみついているものがなくなったとき、どうしていいかわからなくなり、とても不安定になります。ちなみに、執着しているこれらの対象は、いつかはなくなるもの、いつなくなるかわからないもの。それを本能的に知っているから、よけいに執着し、よけいに増やそうとして躍起になり、追い続けるのでしょうが、これらはのものどんなに追いかけてもきりがなく、心が休まらないばかりでしょう。

本当の意味で気が強い人は、風船ではなく、中身まで詰まっている感じがする人です。外のもので自分の軽さをうめようとするのではなく、身がある人。そういう人は、攻撃的とは無縁で、むしろ穏やかで落ち着いているように見えます。等身大の自分に満足しているので、劣等感がなく、したがって優越感を求めて何かをする必要性もない。人と比較しない。腹がすわっていてブレないので、他者や周りの状況に左右されない安定感があります。「自分を持っている」といういい方もできるでしょう。お金があってもなくても、仕事がうまくいっているときも、いっていないときも、人に褒められてもけなされても、そんなに気にしないので、影響を受けにくい。悪いものが自分の中に入ってきてかき乱すということが少ないほうが、損なわれない思考力や判断力で、置かれた状況の最善を選ぶことができるでしょう。

この類の人には、尊厳が備わり、侮りがたい雰囲気を自然に醸し出すので、自然に、いじめられたり悪口をいわれたりすることもなくなっていきます。また、その人が本来持っている魅力が出て磁石のように人を引き付けるので、威張っていなくても人に尊敬されたり好かれたりするでしょう。

このような氣(精神的なエネルギー)の強さがあると、ストレスを受けにくく、免疫も下がりにくいので、病気にもなりにくいです。過去の嫌なことをくどくど考えて、怒りや恨みや後悔をいつまでも手放さない、まだ起こっていない悪いことを考えて色々心配するなどの行為は、非常に免疫を下げます。また、肉体も早く老化します。そういう人の多くは、まだ若いのに白髪になったり、なにかと体に痛みを覚えたりしやすくなります。

コロナウィルスで世界が大変容している今、本当の氣の強さがあるかどうかは、不安に翻弄されるか、心身共に安定した状態で、変化に適応していけるかのポイントになってくるのではないかと思います。


アメリカ西部の風景

たまには趣向を変えて、アメリカから帰国する直前、2011年の冬に、アメリカ西部を1週間ほど旅した時の光景を、いくつかご紹介します。

大好きな場所のひとつ、モニュメントバレー。ユタ州とアリゾナ州にまたがる砂漠の岩山地帯です。

とても静かで落ち着くところです。いつまでも見ていたくなる光景で、アメリカに住んでいる間に、何度も訪れました。たしか、ここで、ネイティブアメリカンのハーブでできたハーブティーを注文して飲んでいました。。

アリゾナの砂漠地帯には、恐竜の骨や足跡が残っているところがあります。足跡は思ったより小さかったです。

昔、ネイティブアメリカンが住んでいた遺跡です。メサベルデという国立公園になっています。ここもとても静かで、いつまでもいたくなる場所でした。

これがメサベルデです。風の音だけが聞こえるような静かな場所でした。

アリゾナ州には、バリンジャークレーターという、直径1.2キロもの巨大なクレーターがあります。大きすぎてカメラに収まりきりません。

この旅の途中で、ハミングバードの形の雲に出会いました。セラピールーム・ハミングバードの名前は、ここから取ったものです。

カウンセリングを有効にするもの

先日、クライアントさんに、どうやれば有効なカウンセリングができるのか?といった趣旨の質問をされました。

「こんなことができるのは、やっぱり技術や知識があるからなんですか?」

と。

その方は、とても素直で反応が早い方で、そのせいもあって、セッション開始時と、終了時では、気分がまったく変わり、打って変わって元気になって帰られたのですが、帰られる間際にその質問を受けました。その時は、正直、なんて答えようか、戸惑ってしまいました。

技術や知識が最重要でないことは確かです。それが全く必要ないとは言わないし、あったほうがいいのだろうけど、技術や知識だけではいいカウンセリングはできないというのが、私の考えです。

確かに、私はアメリカの大学院で心理セラピーを学び、その後もいまだに多くの専門的なセミナーに参加して、知識を増やし、スキルアップを図るよう心掛けてはいますが(なぜなら、そうしないと2年ごとに更新されるアメリカのカウンセラー免許を維持できないシステムになっているので)それだけではありません。それに、知識や技術の面でいうと、私にはまだ学ぶことはたくさんあり、十分あるとは思っていません。

ただ、頭だけの知識だけが下手にたくさんあったとしても、それを心に落とし込んでいないと、真理にならず、現実では役に立たないと思います。かえって表面的なセッションに終始してしまい、クライアントさんの心の深いところまで変えることはできなかったり、知識が邪魔をして、ほんとうにクライアントさんが必要としていることを見誤ったりすると思います。

例えば、認知行動療法の知識があっても、それが効果的なクライアントさんとそうでないクライアントさんがあり、また、同じクライアントさんでも、それが必要な場合とそうでない場合があります。それはその人と対したときに、感覚でわかります。だけど、特に日本では、例えば、ここでは認知行動療法を使うという前提が先にあって、どんな人にも、どんな場合にも、それを当てはめようと、頭で考えた治療を行うことが多い気がします。日本は精神医療が発展途上なので、まだいろんな療法を使いこなせる専門家が少ないというのもあるのでしょうが、本当に効果的なカウンセリングは、なんとか療法といったセオリーを越えたところにあると私は思います。

私がセッションをするときは、この症状だからこの療法を使おうとか、このスキルを使おうとか、あらかじめ準備することはいっさいありません。そんなふうに頭で分析してセッションに臨んでも、実際にクライアントさんと対面してその方の心の状態や問題を感じ取ったときに、それがあてはまることがほぼ皆無であることを、経験上わかっているからです。例えそのナントカ療法が有効なクライアントさんであっても、実際に目の前にその方が座ると、その方が、今、その場で欲しているのはそれではないことが大変多いです。

セッション前に、頭を動かして準備をする代わりに、私が心がけているのは、自分を空っぽにすることです。可能であれば、少なくとも数分前までにはほかのことをやめて、思考を静めて心を落ち着け、自分をニュートラルな状態にします。

クライアントさんとセッション中には、何をしているかというと、割と近年になって気づいたのですが、いわば、クライアントさんの周りに漂っている見えない情報を感じ取って読み取る、という作業を、ほぼ無意識にいつもやっている気がします。多分、いわゆるオーラを読み取るというのに近いのだと思いますが、私は霊能者ではないので、読み取る情報がスピリチュアルなものではなく、感情とか思考とか、或いは意識状態、心の状態などに限られてはいるのですが。

それから、もうひとつ秘訣があるとしたら、わりと頻繁に、祈りに似た念を向けながらカウンセリングをします。セッションが始まる前や、特に難しい局面にはセッションの最中であっても、目の前の方にとって最善が起こりますよう、幸せになられますようにと、祈るような意図を持つようにしています。

最近、インドの有名なアーユルヴェーダ医に治療してもらった人の話をマンガで読んだのですが、その時、そのお医者さんが、1日の始まりに、まず、アーユルヴェーダ神様に祈りをささげてから治療を始めるというのを見て、なるほど、やっぱりそうか、意図って大事なんだと思ったことがあります(私は、治療者として、まだまだその高名なお医者さんの足元にも及ばないので、自分と同じだなんておこがましいことは言うつもりはないのですが。)

私がすべてのクライアントさんに効果的なセッションができているとは限りませんが(そうなりたいですが)、ただ、あえて言うなら、上記に書いたようなことが、私の場合は、知識やスキルそのものよりも、カウンセリングに重要な役割を果たしているような気がします。