盛岡心理カウンセリング・ハミングバード

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龍の出現

たまには息抜きを兼ねて、違う話題を。

アメリカで働いていたころ、家の真上に出てきてた、龍の形の雲です。

顔が笑っています(*^-^*)。

(アメリカにも龍がいるという証拠写真ですね。(^_-)-☆)

 

 

自分も人も同じ

自分を蔑むときも、人を蔑むときも、同じエネルギーを自分の中に作り出し、周囲に放ちます。

誰かに蔑まれ、口汚くけなされたとしたら、とても不快な気分になりますよね。腹が立ち、蔑む相手を憎んだり、攻撃したりしたくなるかもしれません。でなければ、そういう人とは関わりたくないので、逃げたり避けたりしたくなるでしょう。

自分を嫌って蔑んでいる人に対しても、相手は同様のことをしたくなります。蔑みの持つ不快な波長を受け取って反応するからだと思います。

だから、自分を見下している人は、人に攻撃されたり、いじめられたりしやすいのです。相手がそこまで攻撃的ではなく、比較的穏やかな人だったとしたら、距離を置かれるだけかもしれません。いずれにしても、人に肯定的な関わりをされにくくなります。

自分も他人も、集合意識ではつながっており、一つなので、本当は区別はないんですよね。なので、自分に対する行為も、人に対する行為も、ある意味同じなのです。自分を傷つけることは、人を傷つけることであり、人を傷つけることは、自分を傷つけること。自分を本当の意味で愛し、大切に扱っていると、その心地よい波動は、人にも心地よさを放ち、恩恵を与えます。そういう人が、人にも尊ばれ、大切に扱われるのは、想像に難くないですよね。

レニー・クラビッツのbelieveという歌の歌詞に、I am you and you are me, why’s that  such a mistery (私はあなたで、あなたは私。それがなぜこんなにも神秘なのか)という フレーズが出てきますが、まさにこれが宇宙的な真実だと思います。

 

 

 

ゲームに没頭するとき起こること

テレビで、ゲーム中毒の子供の姿が映像で流れていました。

食べることもトイレも忘れて、ひたすらコンピューターの画面を見つめている子供。

その異常な姿を見て、ああ、この状態は脳や精神にすごい有害だなあ、と思いました。

脳が絶え間なく動いて情報処理している状態がまずよくない。

このゆとりのない、ものすごいスピードと量の思考の状態は、不安衝動に翻弄され、衝動的に突き進み、心に平穏が入り込むすきのない、多くの現代人の状態を、究極の形で表しているように思います。

この脳の状態には想像力が働く余地がない。

子供時代、ごっこ遊びやお話を聞いたり創ったり、絵をかいたりすることで養われる想像力の訓練は、成長してからも、自他とも人をサポートしてくれる貴重な機会になります。想像力があるから、ほかの人の気持ちがわかるし、原因からどういう結果が生まれるかがわかる。イメージ力があれば、今の否定的状態を変え、よりよい未来を創っていくこともできます。想像する力は創造する力の源だからです。

寸分のすき間もなく、すごい勢いで与えられ続ける、受け身の情報を処理する脳に、内側からの自発的な想像力を生じさせ、はぐくむ余地は全くありません。意識を完全にコントロールされている状態。これでは、現実に自分に起こっていることも認識できず、自分にとって大切なことを感じ取ったり考えるたりすることは不可能でしょう。

もし、地球征服をもくろむ悪の組織があって、地球を破滅に向かわせたかったら、子供にゲームを与えて虜にする方法もあるな、などと思いました。

身体的にも、ゲームに夢中になっている子供の体は緊張し、呼吸は浅くなり、非常に負担がかかっている状態。否定的な感情を感じてストレスがかかっているときと同じ状態です。寝食を忘れて、休息なしで、この状態を心身に与え続けると、心身はやがて崩壊するでしょう。

私自身は、ゲームは全くやりません。数分やっているだけで、脳とか心身のエネルギーの状態がおかしくなるのがわかるので、不快になるからやめてしまいます。

同じゲームをするのでも、サイコロを振ってやるボードゲームなんかは、まだ想像力のはいりこむ余地があり、人と人との直接的な交流も起きるから、いいんじゃないかなと思います。

子供が、ギラギラ目を光らすのではなく、キラキラ目を光らせるようなゲームが、世の中にもっと溢れたらいいなと思います。

 

「どうしよう」をやめる

そういえば、近年、「どうしよう」と思い悩むことがなくなったなと思います。

クライアントさんにも必要に応じて伝えていることですが、問題は実際に起こって、目の前にあるときに対処する、まだ起きていない厄介ごとは、直前まで考えない、というのを、日ごろから自分でも実践しているからだろうと思います。

未来の厄介ごとで、まだなすすべのないことは、どうしようもないわけで、どうしようと思うだけ、無駄。もっと建設的なことに使えるはずのエネルギー消耗してしまい、役に立たないどころか、有害です。

実際に問題が目の前にあるとき、元気(自分の氣のエネルギー)が温存されていたほうが、消耗されて少なくなったエネルギーでことに当たるより、当然、よりよく対処できます。わかりやすいところでいうと、例えば、疲れて集中力や判断力が鈍っている状態で問題に対処するより、疲れていない頭で考えたほうがいいということ。

実際に問題が形をとって目の前に現れるまえに、つまり、実態がない状態で、頭を働かせてあれこれ考えても、その解決策は、問題にフィットしないことが多いものです。それが実際に目の前に具現化したとき、その場で感覚的、直観的に思いつく解決策のほうがずっとフィットするもので、それはその時にならないと湧いてこないものです。

その時になったら自分がうまく問題を対処できる力を持っているという自己信頼は、とても大切です。

こうなったらどうしよう、を手放すと、氣の無駄な流出を防ぐことができるので、元気を保ちやすくなり、何よりもとても楽になりますよ。

 

お客様へのご連絡

先日、留守電にメッセージをいただき、昨日、お問い合わせフォームよりメールをいただいたM様。

メールでauの携帯にご返信しようと試みましたが、エラーで返ってきてしまいました。

お手数で申し訳ありませんが、ご予約の際は、お電話でいただけますよう、お願いいたします<(_ _)>。