嫌なことを考えないようにする方法

考えたくないのに、ついつい、嫌なことが繰り返し浮かんでしまい、頭から追い払えないときってありませんか。

例えば、苦手な上司の顔とか。「こうなったらどうしよう」という不安な思いとか。過去にとっても嫌な思いをした経験が、いつまでも、頭を離れない時など。

そういう場合、無理に考えないようにしたり、頭から締め出そうとしたりすると、その「嫌なこと」は、ますます抵抗して、よりパワフルになります。頭から押し出そうとすると、思考に侵入しようとする「嫌なこと」は、作用・反作用の法則のごとく、こちらが力を入れた分だけ、反発して、強い力で押し返してくるものです。

それでは、どうすればいいのでしょうか。

それは、抵抗するのをやめて、力を抜いて、受け入れること。

さながら、力まず、力を抜いて、相手を倒す合気道のように対処するのが、コツです。

具体的には、嫌なことが頭に浮かんで来たら、

「こんなこと、考えたらダメだ!考えないようにしよう!」

と思わず、

「ああ、またあのことを考えちゃってるな、自分。」

と、一歩引いて眺めるスタンスで捉えます。

そして、「そのことを考える」=「悪いことだからやめなければならない」、と思うのをやめてみましょう。

憎い、あるいは恐ろしい敵が来たかのように構えて、取り除こうとするのではなく、なじみに友達が来た(友達と思えなければ、知り合い程度で結構)と思うほうが、うまくいきます。

「ああ、”嫌な考え”さん、またあなたですか、こんにちは。またいらっしゃったんですね。いいですよ、そこにいても( ^^) _U~~。」

と、座布団でも出すように、友好的な態度で接するようにしていれば、「嫌な考え」さんは、なぜか満足して、反発力を失い、いつのまにか、頭から消えていってくれるようになります。結果として、いつの間にか、そのことを考えなくなっている、ということになると思います。

ただし、人がいるところで、口に出して

「ああ、”嫌な考え”さん、またあなたですか。」

と言わないように。頭がへんだと思われて、違うストレスが増えたら困りますので、くれぐれも心の中でいうようにしましょう(^_-)-☆。

 

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柔軟な人はケガをしにくい

お相撲さんは、稽古の一環として、股割りをするのだそうです。

なぜなら、体が柔軟だとケガをしにくいからだそうです。

それを聞いて、

「ああ、これは体だけじゃなくて、心の領域にも言えることだな。」

と思いました。

柔軟な考え方ができる人は、精神的ダメージを受けたり、心の病気になったりしにくいです。

逆に、頑固で融通の利かない人、変化になかなか適応できない人など、精神的に柔軟性のない人は、ストレスを感じやすい。また、落ち込んだり、腹を立てたり、不安なったりしやすいので、心の病気にもかかりやすいというわけです。

例えば、今日はラーメンが食べたいと思って、ラーメン屋さんにいったら、臨時休業だったとします。

精神的に柔軟性がない人は、

「なんてことだ。絶対、ラーメンじゃないと嫌なのに。なんて運が悪いんだ。ああ、腹が立つ。」

と思う。怒りや失望や欲求不満を強く感じるので、ストレスも高くなる。

心や思考が柔軟な人は、

「しかたないな。ま、いっか。ほかにもおいしいものがあるはずだし、いっそ、今日は新しいお店を開拓してみよう。」

と、こだわりが少なく、執着しないので、臨機応変に対応でき、ストレスもあまり受けない、ということになります。

柔軟性のない人の特徴は、

「絶対、~でないとだめだ。」

「~するべきだ。」

「~しなければならない。」

「~してはならない。」

「決して、許さない。」

等、絶対的なニュアンスの語彙を、頭の中で使う頻度が高いということです。

この頭の中で使う語彙(セルフ・トークと言います)を変えてあげるだけで、思考の習慣がだんだん変わっていき、最終的には意識も変わるので、精神的に柔軟性に欠ける人でも、柔軟な心を身に着けることができるようになります。

ちなみに私が個人的によく使う言葉は、

「ま、いいや。」

「なんとかなる。」

というのですが、これは結構、ストレス軽減に効果が高い言葉だと思います。(実際、たいていのことはなんとかなるものですし(^^)。)

他には、

「大丈夫。今回はダメだったけど、次に頑張ったらいい。」

「失敗したっていいんだ。」

「完璧じゃなくていいんだ。」

等。

思い通りに事が運ばなかったとき、試しに自分自身に使ってみてください。きっと、気持ちが楽になると思います。

 

 

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友達がほしい悩み

友達がほしいとか、友達がいなくて寂しい、一人になりたくないから周りに合わせているけれど、なんだか楽しくない、いう友達に関する悩みを時々聞きます。

結論からいうと、一人になりたくない、一人では寂しいから友達がほしい、という理由から人と一緒にいると、あまり充実した友人関係は築けないと思います。

なぜなら、何をするにしても、動機、すなわち、何を意図するかによって、どういう結果を引き寄せるかが変わってくるものだから。

一人でいたくないがゆえに友達でいるのと、その人を本当に人として魅力的だと感じ、一緒にいたいから友達でいるのとでは、自分の振る舞いもおのずと変わってきます。また、相手もその意図を無意識に感じ取るから、相手のこちらに対する振る舞いもそれに応じたものになるでしょう。

孤独を埋めるために一緒にいると、どうしても、本当の自分を殺して相手に合わせてしまいがちになります。そうすると、自尊心が削られていくので、ますます自己評価も低くなる。自己評価が低いと、幸せを感じることができません。

反対に、自分に自信があり、(自己中心的にならない程度に)まわりに迎合しない人、友達がいないならいないでも大丈夫という人は、無理に友達を作ろうとしなくても、ひとりでに人を引きつけるものです。なぜなら、そういう人は、その人が持っている魅力がありのまま表現され、本来の輝きが出るので。その結果、その人の個性を魅力的だと思い、評価してくれる、同じ価値観を持った気の合う人たちが、自然に周りに集まってくるものだから。結果的に、自分を低めたり抑えたりして周りに合わせなくても、孤独にはならない。

いい友達関係を築くために、まず、自分自身といい関係を築く(自分をありのまま受け入れ、肯定する)というのは、一つの重要なポイントだと思います。

 

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太陽の光をとりいれる

気分が落ち込んでうつ状態になり、部屋にこもっている人は、だいたい、カーテンを閉めて部屋を暗くします。うつ状態の人が、明るくて風通しがよく、オープンなスペースにいる図って、なかなか想像しがたいですよね。

なぜでしょう。

落ち込んでいるとき、暗くて閉鎖的な場所に一人でいるほうが居心地がいいから。

では、なぜ暗くて閉め切った場所のほうが居心地がいいのでしょう。

そういう場所のほうが、その時のその人の心の状態に近いから。心の中の闇が大きくなっているときには、闇の中にいるほうが、心地いいと感じるものだからです。

人は、自分の状態に近い範囲にある人や場所、ものを心地がいいと感じます。この、「自分のそのときの状態に近い範囲」のことを、ここでは波長と呼ぶことにします。

自分とは全く波長が違う人や場所、ものといると、違和感を感じて、居心地が悪いもの。なので、落ち込んでいるときは、明るいところよりも、暗いところの方が落ち着くというわけです。

同じ理由で、落ち込んでいるときは、自分のその時の気持ちとかけ離れた明るく前向きな音楽を無理に聴くよりも、自分の状態に近い悲しい歌を聴く方が、同調しやすく、癒し効果があります。この時、救いようのない悲しい歌よりも、悲しい中にも希望がある歌がお勧めです。

心の中の闇(怒りとか嫉妬とか悲しみとか不安などの感情)は誰にでもあるものであり、それを持つこと自体、いいとか悪いとかいうことはありません。

でも、それが大きくなりすぎると、苦しくなってしまいますよね。

ただし、心の闇が大きくなって、苦しくなると、これ以上無視することができず、直面せざるを得なくなるので、チャンスであるともいえます。なぜなら、ちゃんと向き合ってあげれば、心の闇は成仏して消えていくことができるからです。

サイコセラピーというのは、心の闇を成仏させて、消滅させる一つの手段であるともいえると思います。

ところで、落ち込んでいるとき、一時的にでも闇を払って気持ちに光を入れる簡単な方法として、 太陽の光を取り入れるというのがあります。

太陽の光というのは、自然の抗鬱剤です。

老人ホームでうつ状態になっている人たちを、毎朝30分、外に連れ出し、朝日に当てるようしたら、うつが軽減したという実験報告があります。

気がふさいだり、気分が落ち込んだりした時は、意識的に太陽の光を体内に取り入れるようにすると、少し気分が晴れるはずです。

植物も動物も人間も、太陽の光を浴びなければ元気に生きていくことはできません。

太陽の光を浴びることでセラトニンという脳内の神経伝達物質が正常に働き、結果として、メラトニンという睡眠を促す物質も分泌されます。自律神経のバランスも調整されるので、心身ともに調子がよくなります。

さらに、太陽の光には、現在研究されている科学的根拠だけでは計り知れない、生命エネルギーが含まれています。この生命エネルギーはプラーナとも呼ばれ、場所によって多かったり少なかったりします。

ちなみにプラーナは、私には、動き回る半透明の微粒子のように見えます。(通常肉眼でものを見るのとはちょっと違うやり方で見る必要がありますが、コツさえつかめばこれは誰にでも見えるものだと思います。)空気のきれいなところや自然が豊かなところではプラーナはたくさんあり、空気の汚れた都会の真ん中では少ないみたいです。

特に朝の陽光を浴びると、このプラーナ=新鮮な生命エネルギーをたくさん取り入れることができるようです。

一つのやり方としては、朝、太陽の方を向いて、まず、息を吐いて、嫌な気持ちやストレスや緊張が、吐く息とともに体の外に出ていくのをイメージする。次に、深呼吸をし、太陽の光が呼吸を通して体の中に入ってくるのをイメージする。これをしばらく繰り返す、というのがあります。(目に悪いので、太陽の光を直接みないでくださいね。)

ただ、外にでて朝日を浴びるだけでなく、こうやって意識的に太陽の光を体の中に取り入れることで、効果が数倍アップするので、ぜひ試してみてください。

 

 

左に写っている茶色いものは、ネコのニャンさんです。

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自己憐憫はためにならない

何かつらことがあったとき、悲しんだり、怒ったりして、自分の中に起こった感情をちゃんと認めてあげたり、ありのまま感じてあげるということは、心の回復のために、とても大切なことです。

けれども、

「自分はなんて不幸なんだろう。」

「なんで自分ばかりこんな目に合うんだろう。なんてみじめな人生なんだろう。」

「自分は哀れな人間だ。」

と思ってしまう、いわゆる自己憐憫に陥るのは、心の回復を遅らせ、人生を停滞させてしまうので、やめたほうが賢明だと思います。

私が診てきたクライアントさんたちも、自己憐憫に陥っている間は、まず確実にに症状がよくなりませんでした。

自己憐憫というのは、結局、自分はかわいそうな人だ、被害者だとみなすことです。

自己憐憫には、一時的に周囲の関心を引くというメリットはあるかもしれません。でも、長い目でみると、こういうやり方で注意を引きつけられる側は、エネルギーを奪われるような気になるので、最終的には疲れてうんざりしてしまい、その人のもとを離れていってしまうでしょう。

そうしたデメリットに加えて、自分をかわいそうな人であり、被害者であるとみなすということは、その時点で、意識が自分は無力なものだと捉えてしまうことになってしまいます。なので、現状をよりよい方向に変えていく自分の力を、否定してしている状態になります。だから現状打破が難しくなり、人生も停滞してしまうのです。

自分の不幸な人間だという思考は、とりもなおさず、自分を不幸だと定義づけてしまうということです。そうすると、本当にその人は不幸になります。

自分の人生はみじめだ、と考えると、その時点で、それは現実になります。

体験そのものは、ニュートラル(中立的)なのですが、人には、自分の体験を自由に意味づけして解釈する、いわば特権が与えられています。

その結果、同じような経験をしても、それを不幸だと思う人と、そうでない人がでてくるわけです。

例えば、未婚であるということ自体は、ニュートラルな状態なのですが、それを「負け犬」だ、とか、この年齢で結婚していないのは不幸だ、と定義すると、その時点でその人は本当に不幸な状態になるわけです。

過去に虐待などのつらい経験をしたとき、そこから生まれた自然の感情を無視することは、ためにならないので、ちゃんとそこにある気持ちを認識し、体験したほうが、望ましいと思います。けれども、その際に「虐待されたから、自分は不幸だ」と自ら解釈を下してしまうと、やはり、その時点で、意識が、自分は無力だから現状を変える力がない、と定義してしまうことになります。その結果、自分で心の回復力を封じて、癒しのプロセスをストップさせてしまうことになります。

虐待された過去を持つ場合、victim(犠牲者)ではなくsurvivor(苦難を生き延びた人)と自分自身をみなせるようになることを目標にしましょう、というのはよくいわれますが、これは、体験をどう意味づけるかによって、自分の人生が大きく変わっていくからにほかなりません。体験に任意の意味を与えるという、私たちに与えられた特権は、上手に使うことが大切だと思います。

 

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自信と安定感を得るためのエクササイズ

まだ起こっていない未来のことをあれこれ心配して、「どうしよう」「大丈夫かな」と不安にさいなまれている時、試してみてほしいエクササイズがあります。

このエクササイズをすれば、自己信頼を増加させ、気持ちを落ち着かせ、安定感をもたらす効果が期待できます。別名、マインドフル・ウォーキングとも言われています。

やり方は簡単です。

外に出て、散歩をします。ただその時、一歩一歩、足の下に地面を感じるよう、意識を集中します。

左足、右足、と、交互に動かすたび、足が大地に触れるときの感覚を、よく感じて味わいながら歩きます。

できれば、舗装されていない自然の道の方が、効果がアップするのですが、難しければ、舗装された道路でも大丈夫です。

これを最低でも、10分から15分、続けてください。

エネルギーというのは、意識した方向に流れます。なので、足元に意識を向けるだけで、頭に上がりすぎていて不安な思考を起こしていた過剰なエネルギーが下に降りていき、結果として不安感が消えているのに気づかれるかと思います。

「今、ここ」に意識を向け、しっかりと現実を生きることを、グラウンディングといいますが、地に足をつけるという例えのとおり、文字通り大地に足をつけること、それを意識することで、フワフワした不安定な思考がなくなり、気持ちに安定感が生まれます。安定感は自信にもつながります。

自信と安定感を保ちつつ、「今、ここ」に集中して生きていると、一瞬一瞬、正しい選択を行えるようになるので、人生もよりよい方向に変わっていくのだと思います。

 

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人生に快適な環境を作り出す秘訣

自分に合ったものを引き寄せて、快適だと思える環境を人生に作り出すためには、できるだけ、背伸びしたり、無理したりしない、ありのままの自分でいることが大切だと思います。

誰でもある程度、外の世界では仮面をかぶってしまうものですが、仮面が分厚ければ分厚いほど、内側と外側のギャップが大きければ大きいほど、苦しくなってしまうもの。演じるのは疲れるし、本当の自分を認めてあげていない、自分を尊重してあげていないということにもなる。

そして、仮面の部分に引き寄せられて、それに見合った人しか集まってこないので、内側の本当の自分にはあっていない人や物しか、自分の環境にはないという結果になる。異質なものに囲まれていて、居心地が悪くなってしまう。

人に嫌われるのを恐れないで、嫌なことには嫌という、自然体でいる。そうすると、逆説的なのだけど、かえって自分を好きだと言ってくれる人が周りに集まり、自分と異質なものは、去っていく。

自分の波長に合った人だけが引き寄せられ、ありのままの自分でも居心地のいい環境が整えられ、快適な人生が送れるようになると思います。