盛岡心理カウンセリング・ハミングバード

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思考をオフにする

こうあるべき/あるべきではない。これをしなければならない/してはいけない。これは正しい/間違っている。これはいい/悪い。なぜこうなのか/こうでないのか。

これらはすべて、思考をONにする言葉です。

思考のループにはまりこみ、不安にとらわれる人は、これらの言葉を心の中でよく使っています。

要するに、分析したり、判断(ジャッジ)したり、理屈で考えようとするということ。

心をストレスフリーの状態にしたければ、分析や判断や理屈をすべて差し控えて、ただ、ありのまま、物事を眺めてみてください。ありのままをすべて受け入れると、抵抗から生まれる葛藤が消え、不安はなくなります。

例えば、所持金が1000円しかない。お金がないのは悪いことだ。なんで自分はいつもこんなにみじめなんだろう、と思うと、グルグル思考に陥り、不安とか、抑うつ気分に陥りがちです。

でも、所持金が1000円だ、ということを、ただありのまま認めると、そこに葛藤は生じません。

ただ、そこからどうしたいか、自分に問うことは必要でしょう。

したい、したくないは、理屈ではなく、感覚なので、それを感じてあげることは大切です。自分に必要な変化をもたらすために、先立つものが、どうしたい、という欲求ですから。お金がもっと欲しいから、働きたい。働こう。分析や判断を控える限り、そこに苦悩は生じえません。

余談ですが、現代社会において、多くの人が、思考にとらわれすぎていると思います。生活形態とか、社会のシステムが、昔と違って自然と切り離され、機械や電子機器に頼るようになったためでしょう。左脳を刺激し、思考を多く使う一方で、脳をOFFにして、ただ空を眺めるとか、空気の温度を感じるといった、感覚に身をゆだねることが極端に減り、そのアンバランスさは、多くの人が心を病むほどに深刻なレベルです。

時々、思考を休めて、月を眺めるとか、陽だまりの暖かさを感じるとか、風の音に耳を澄ませるなどして、感覚に身をゆだねることは、心身のバランス感覚にとても役立つと思います。

 

 

 

潜在能力を引き出す言葉

例えば、職場や学校に苦手な人がいるとき、誰かと険悪な関係になりそうなときなど、対人関係で問題が生じたときに使える、自分の潜在能力を引き出す方法があります。

「私は、この状況に、うまく対処することができる。」

とまずは言い切ってしまいます。つまりは、そういう前提を意識の中に作ってしまうこと。

そして、その後、

「その為に私は、~」

と、その為に自分ができることを挙げます。どうすればいいか。または、どうあればいいか。(必ずしも行為でなくても、心の状態でもOK。)

つまるところ、「うまくいく」という前提を作ってしまえば、それを実現可能にするための力が自分の内側から引き出され、表にでてきやすいというわけです。

この時のポイントとして、「その為に相手は」ではなく、「その為に私は」と、あくまでも自分を主語にすること。

究極、相手の言動やありかたはコントロールできないし、する必要もありません。自分の言動やありかたを変えるだけで、少しのタイムラグをとって、状況は形を変えていくものです。

さらなるハイレベルを目指すなら、

「私は、相手と自分、双方にとってベストな方法で、この状況に対処できる」

という前提を作るといいでしょう。

結局、相手をやりこめるのでは、本当の意味では自分がハッピーになることはありません。

自分と関わる人、双方にとって最善な結果(必ずしもうれしい結果ではなくとも、最も善い結果)というのは必ずあるものです。

また、普遍的な法則として、自分と相手、双方にとってフェアで有益になるやり方を目指せば、自分の幸福度が一層増すように、この世界はできています。

 

 

 

 

 

のどのつまりについて

のどがつまったような、苦しい感じがずっと続いているという方は、自己表現に問題がある場合があります。

例えば、言いたいことが言えずに、黙ってしまう。嫌なことが嫌といえず、したいことをしたいといえない。心の中ではノーと思っているのに、イエスと言ってしまうなど。

よくみせようとして、違う自分を演じてきた、というのも、本当の自分を表現しないという意味で、のどのつまりを生じさせることがあります。

長年、感情を抑圧してきた人も、出られない思いが、のどのあたりに緊張を生むことがあるでしょう。

のどは、声を出すところです。声は、自分の中にある思いを、外に表現するツールです。

それを正しく使わないと、のどのあたりのエネルギーに滞りが生じてしまうわけです。

人は誰でも、ユニークな存在であり、その自分という独自の存在を、この世界にありのまま表現することは、生き生きと生きるために必須です。

のどのあたりに苦しさを感じている人は、少しずつでいいので、ありのままの思いを、素直に外に出すという、自己表現の練習をしていったらいいのではないかと思います。

 

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完璧でなくても幸せになれる

白黒思考(全か無か思考)、完璧主義は、不安や焦燥感、失望感、劣等感を生み出すもとになります。

世の中のことがらは、たいてい、白か黒かでは割り切れず、グレーの範疇内にあるものだし、いつも完璧でいることなど不可能です。なので、白か黒かはっきりさせなければ気が済まない、完璧でないと気が済まないという人は、壁にぶち当たったと感じやすく、ストレスをためやすいものです。

完璧でなくても幸せになることは十分可能ですが、完璧主義を追求する人に、満たされて幸せな人はいないでしょう。

いい意味で適当であり、物事に執着しすぎないことは、幸せになるために大切だと思います。

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自己犠牲をすべきかどうかの目安

今回は、自己犠牲的な行為、というと語弊がありますが、自分がしんどい思いをしてでも、人を助ける行為をするべきかどうかについて、ちょっとお話ししたいと思います。

例えば、いつも電話をかけてきて愚痴をいう友達の話を、聞いてあげるべきかどうか。なにかと呼びつけて用事を頼む母親のところで、行くべきかどうか。

その目安になるのは、「それが自分の喜びになるかどうか」に尽きると思います。

もし、しんどくても、最終的に、やってよかった、という喜びになるのであれば、それは「愛」から行った行為なので、自分のエネルギーは増えます。だから、自分の為でもある。本当は自分を犠牲にする行為ではなくて、自分と相手、両方の為になる、win-winの行いなのです。

でも、もし、それをするのが嫌だけれど、我慢してするのだとすると、それは、自分のエネルギーを消耗する行為になります。認識する、しないにかかわらず、潜在意識では、自分のエネルギーを奪った相手への怒りや不満といった否定的な感情が育つので、目に見えないレベルで相手を傷つけることにもなります。なので、一時的には相手が喜ぶとしても、最終的には、自分と相手、どちらにとってもマイナスな行為になります。

それが自分の心からの喜びにならないなら、愚痴を聞かない・相手の依頼を断る、という選択をするほうが、究極的には自分と相手、双方のためにもなります。愚痴や頼みをきいてもらえない相手は、自分の欲求を満たしてくれる別のリソースを探すか、自分で解決するか、することになるでしょう。それは、相手が、あなたに頼らず、別の資源を開拓したり、自分で問題解決するスキルを身に着けたりするよう、促すきっかけになるからです。

心からできないことは、しない。これは、自分と周囲の人の幸せを創造するために、役立つ行動基準だと思います。

 

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