盛岡心理カウンセリング・ハミングバード

ハミングバードは、心理療法カウンセリングのセラピールームです

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02月

いい情報を取り入れる

もうずいぶん前のことですが、アメリカで大学に通っていた時、寮で日本人の留学生が自殺未遂を図る事件がありました。

彼は大学の寮に住んでいて、アルコールを飲んだ後、薬をOD(過剰摂取)して、死のうとしたのでした。

私は彼とは顔見知り程度で、話をするほど仲が良かったわけではないのですが、その事件を起こす数日前に図書館で見かけたとき、彼が大きなため息を何度も何度もついていたのを思い出して、ああ、あのとき、あの子はすごく落ち込んでいたんだなあ、気の毒なことをしたなあと思いました。

彼は病院に運ばれて、しばらく入院をすることになり、誰とも会いたくないと言っていたそうです。私やアメリカ人の寮生の友達たちは、寮に集まって情報交換をし、何かできることはないかと思って、寮の彼の部屋に入らせてもらいました。

そのとき彼の部屋を見て、印象的だったのは、本棚に置いてある日本語の本の数々が、暗い、落ち込むようなものばかりだったことでした。ほかにどんな本があったかは覚えていないのですが、メルヴィルの「白鯨」があったことは覚えています。彼の心の中を映し出しているような部屋だなあ、こんな本ばかり読んでいるのでは、鬱っぽくなるのも無理はないなあ、と思ったものです。

「白鯨」のように心の闇を描いた本も、もちろん必要だし、価値あるものだと思います。でも、暗い本や残酷なニュースばかり選んで読んだり見たりしていると、人間の闇に偏った情報が入ってきてしまい、それに気分が影響されてしまうのは確かだと思います。

読む本でもそうですが、見るもの、聞くものをはじめとして、五感で感じるものはすべて、私たちの中に入ってくる情報です。気分が沈みがちなとき、不安が高まっているときは、意識的に、気分が明るく前向きになるような情報を取り入れるよう、心がけたほうがいいと思います。

また、逆にいうと、気分が落ち込んでいて、不安感がつよいときは、ややもすると、暗い情報に意識がいってしまいがちになります。それでさらに気分が暗くなり、不安感が高まるろいう、悪循環が起こりやすくなるんですね。

情報が入ってくると、私たちの体や心には反応が起こります。

ネガティブな情報が入ると、気分が重くなったり、体が硬直して固くなったり、胃がギュッと締まる感じになったりして、ストレス反応が起こりやすいでしょう。反対に、心地いい情報が入ってくると、体が軽くなったり、気分がリフレッシュしたり、目の前がぱっと明るくなったりすると思います。

この反応の積み重ねが、日常のベースになる気分を生み出していきます。なので、当たり前のようですが、どの情報を取り入れるかは、私たちの心の状態を左右する、大切な要素になります。

今、この瞬間において、自分の中に取り入れることのできる情報というのは、実は私たちの周りにあたくさんあふれています。そのうちのごく限定された一部を、私たちは取り入れており、それは私たちの自由意思で選べるものなのです。

例えば、会社で上司にイヤミを言われたとします。そのことを週末に思い返して、その情報で頭をいっぱいにしてしまうとします。すると、晴れた日の日曜日、散歩をしていても、道端につぼみ始めたチューリップや、青い空の色や、降り注ぐ光のまぶしさや、暖かくなり始めた空気の温度、近くを流れる川のせせらぎ、公園で焼いているクレープの甘いにおいなどの、もっと自分を心地よくしてくれる情報が、入ってこられなくなります。

これは、今現在、確かに周囲に存在している、自分を癒やしてくれる色や形、音、香り、触感、音という情報を、もっと不快な情報に自ら意識を集中させているために、シャットダウンしてしまっている状態なのです。とてももったいないことですよね。

たいてい、私たちは無意識に情報を取り入れているものですが、気分が落ち込んだり、不安になっている時には、意識的に、できるだけ気分がよくなるような情報を選ぶようにした方がいいと思います。

そういう情報は、どんなときにも必ず周りに存在しているはずですので、見つけてみてくださいね。

 

 

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依存と支配

依存と支配って、セットになっているのだと思います。

依存するから、支配される。

対象が人でも物でもそう。

アルコールに依存すると、アルコールに支配されてしまう。理性を持って決断をすることができなくなり、人生を自分でコントロールする力を失っていく。

薬物も同じ。

誰かに依存することも同じ。

誰かに自分の傷をいやしてもらおうとしたり、人に認めてもらわないと自分の存在価値を確認できなかったりすると、結局、人に自分を支配する力を与えてしまうことになる。

癒してくれる誰かや、自分の存在価値を認めてくれる誰かが、自分の人生において大きな影響力を持ってしまうことになり、コントロールされやすくなってしまうのです。

そうなると、自分の自由意思で自分の人生を創っていくという、人間に与えられた大切な特権を享受することができなくなってしまいます。

自分以外のものに支配され、コントロールされて、怒りを感じることができる人はまだ健全です。怒りを感じることができない人は、無力感を感じることになるので、鬱状態になっていくと思う。

そうならないためにどうすればいいか。

自分が何を感じ、欲しているか、ちゃんと認識できるだけの自己理解と、不安を克服して自分の足でちゃんと立つだけの強さ(自立心)、不完全なままの自分を受け入れて愛し、自分の価値を認め、リスペクトする気持ち(自尊心)を持つこと。

そうすれば、依存して支配されることなく、自分の人生を生きていくことができると思います。

 

 

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嫌なことを考えないようにする方法

考えたくないのに、ついつい、嫌なことが繰り返し浮かんでしまい、頭から追い払えないときってありませんか。

例えば、苦手な上司の顔とか。「こうなったらどうしよう」という不安な思いとか。過去にとっても嫌な思いをした経験が、いつまでも、頭を離れない時など。

そういう場合、無理に考えないようにしたり、頭から締め出そうとしたりすると、その「嫌なこと」は、ますます抵抗して、よりパワフルになります。頭から押し出そうとすると、思考に侵入しようとする「嫌なこと」は、作用・反作用の法則のごとく、こちらが力を入れた分だけ、反発して、強い力で押し返してくるものです。

それでは、どうすればいいのでしょうか。

それは、抵抗するのをやめて、力を抜いて、受け入れること。

さながら、力まず、力を抜いて、相手を倒す合気道のように対処するのが、コツです。

具体的には、嫌なことが頭に浮かんで来たら、

「こんなこと、考えたらダメだ!考えないようにしよう!」

と思わず、

「ああ、またあのことを考えちゃってるな、自分。」

と、一歩引いて眺めるスタンスで捉えます。

そして、「そのことを考える」=「悪いことだからやめなければならない」、と思うのをやめてみましょう。

憎い、あるいは恐ろしい敵が来たかのように構えて、取り除こうとするのではなく、なじみに友達が来た(友達と思えなければ、知り合い程度で結構)と思うほうが、うまくいきます。

「ああ、”嫌な考え”さん、またあなたですか、こんにちは。またいらっしゃったんですね。いいですよ、そこにいても( ^^) _U~~。」

と、座布団でも出すように、友好的な態度で接するようにしていれば、「嫌な考え」さんは、なぜか満足して、反発力を失い、いつのまにか、頭から消えていってくれるようになります。結果として、いつの間にか、そのことを考えなくなっている、ということになると思います。

ただし、人がいるところで、口に出して

「ああ、”嫌な考え”さん、またあなたですか。」

と言わないように。頭がへんだと思われて、違うストレスが増えたら困りますので、くれぐれも心の中でいうようにしましょう(^_-)-☆。

 

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ネコ写真集

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再び、ちょっと休憩。ネコの写真でも見て、おくつろぎください。( ^^) _旦~~

悪夢について

夢というのは潜在意識がつかさどるものです。

顕在意識で見たくないので、潜在意識に押し込めてしまったものが、夢で解放されるということはあると思います。

本来、表出されて解放されなければならないのに、本人がそれを拒否する場合、潜在意識は媒体として夢を使うというわけです。

PTSDの悪夢などはこれに当たると思います。潜在意識が癒しのためにやむなくとった妥協策といえるかもしれません。

アメリカに、ある男性のクライアントさんがいました。彼は、酒乱の父親による、自分と母親への暴力、幼児期の性的虐待、親友の自殺現場の目撃等、何重ものトラウマを経験し、躁うつ病、妄想性障害等、重度の精神障害を何十年にもわたって患っていました。

この人が心の痛みへの恐怖のあまり、トラウマの感情体験を抑圧しているのは明らかでした。彼は、セッションで過去のできごとについて話すときは淡々とよどみなく話すのですが、催眠療法士と提携し(私自身は催眠療法はやらないので)治療のために退行催眠をかけてもらうと、身もだえして苦悶の表情を浮かべ、過去を見ることを拒否するのでした。

彼はある時、とある聖地に一週間の巡礼の旅に出かけました。バックパックを背負い、徒歩で、テントに寝泊まりしながら、ひたすら歩き続けて聖地に赴いたのでした。途中で、色々な人に出会って助けられたり、不思議な経験をしたりするうちに、色々な感情が放出して、時々わけもなく涙が出ることもあったそうです。彼はバックパックにノートを一冊忍ばせて、自分の気持ちを見つめては、心に感じたことを日記に書きとめながら、旅をしました。

旅から帰った直後から、この男性は、何か月にもわたって、毎日のように、奇妙な夢を見るようになりました。いつも同じ夢で、体の中から、銀色の虫がたくさん出てくるという夢でした。

彼の精神状態は、旅に出る前と後では、大きく変化していました。うつ状態が軽減し、気分はより穏やかに安定していました。おそらく、日常を離れ、ただひたすら歩くという作業が、一種の瞑想として意識をクリアにする効果を及ぼし、かつ、色々な感情が湧き出るままに感じながら、自分と向き合う時間を持ったことで、気持ちが純化されたようでした。

奇妙な夢の正確な意味はわかりませんが、おそらく夢の中で今まで長年にわたって潜在意識に溜めこんだネガティブなものが解放され、浄化作用が起きたのではないかと思います。

ただ、悪夢で不要物が放出されたからといって、それだけで彼の症状が急に全快したということはありませんでした。セッションを何度も重ねるうちに、全体的には徐々に良くはなっていきましたが、やはり不安定になったり、鬱状態に戻ったりすることはよくありました。夢だけに頼らず、恐怖によるブロックを外して、過去と向き合うことが、やはり彼の癒しのプロセスには必要だったのだと思います。

特に精神障害があるわけではなく、悪夢をよく見るという人は、日ごろから、潜在意識にネガティブなものをため込まないよう心掛けたほうがいいと思います。

例えば、ニュースやゲームなどで残酷なシーンを見たり、インターネットで人の悪口が並べたてられているページを閲覧するのを控えて、不愉快なものに意識を集中する時間を減らす。一方で、心が落ち着く光景を見たり、心地よい音楽を聴いたり、優しい気持ちになれるものに触れたりする時間を多く持つ。こうして、潜在意識に、日ごろから心地よいものをたくさんインプットして貯金しておくことは、悪夢を減らすだけではなく、起きている時の気分を全体的に上向きにするのにも役立つように思います。

また、寝る前にゲームをしたり、ネットサーフィンをして、あふれる情報を処理させることにより、脳を酷使させるのも、眠りを浅くして、不愉快な明晰夢を見やすくするようです。寝る数時間前は、できれば頭を休めて、ゆったりと過ごすことをおすすめします。

 

 

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解離性障害について(その3)

(その2のつづきです。)解離性障害の症状は、一時的に、現実の辛さや痛みから逃避する自己防衛の手段となり、特に子供時代は、この症状に助けられて、なんとか生き延びることができたという人もいると思います。

反面、解離という逃避手段は、長い目で見ると、生きる上で様々な障害をもたらします。

まず、解離して体と魂がズレている状態だと、意識が100%肉体の中にないので、五感を通じて得られる信号が脳に伝わりにくくなります。そうなると、生き生きとした感覚を得ることができないので、生きる喜びも感じられなくなります。

また、そのとき体験すべき痛みの感情を棚上げにし、潜在意識に無理に押し込めてしまうので、伸ばし延ばしにした分、後で大変になります。抑圧された痛みが表出するとき、より強烈に感じなければならず、処理するのが困難になるからです。 平たく言うと、後でツケが回ってくるということです。

そして、その1で書いた、自分のしたことを覚えていないクライアントさんのように、記憶の欠落を伴うほどのひどい解離の場合、自分自身を放棄して、別の存在に明け渡してしまう=自分の人生を自分でコントロールすることを放棄する、という無責任な状態になります。その結果、人間関係や社会的機能に支障をきたしたとしても、別の人格は責任を取ってくれません。結局は自分で後始末をするしかなく、最終的に、自分の人生がより混乱し苦痛が増えてしまうことになります。

実際、非常に辛かった過去のことを、あまり記憶していないという人は、後にうつ病や不安障害その他の精神障害を発症する人が多く、いつか、フタをしてやり過ごした過去に立ち戻って癒やさなければ、前に進めなくなるというときがくるようです。

では、解離障害はどうやって治したらいいのでしょうか。

私の考えでは、解離障害はたいていトラウマが原因で起こるものなので、トラウマを癒やすということ大前提です。これはある程度時間がかかるので、クライアントのペースを尊重しながら、人それぞれに合ったやり方で行います。

それと同時に、もっと即効性のある処置方法として、解離して体からズレてしまいがちな意識を、自分の意思で肉体に戻す方法を実践してもらいます。これは一つだけではなく、いくつかあります。

例えば、基本的なのは呼吸法。呼吸というのは、体と魂をつなぎとめておく大切なツールです。呼吸に意識を向けている間は、人の意識は肉体の中にとどまっています。なので、深くゆったり呼吸してもらい、息を吸ったり吐いたりするとき、鼻孔やのどの奥を空気が通るのを感じ、呼吸に意識を集中する。こうするだけでも、解離を防ぐことができます。

あとは、五感のどれかに意識を集中するという方法も、よく試してもらいます。人は五感を通じて現実を認識するので、意識を肉体に戻し、現実にとどめておくには、意識的に五感を感じるということが有効な手段となります。例えば、ストレスを感じて、魂と肉体のつながりがゆるくなり、意識が希薄になりかけているクライアントさんには、彼女が好きなペパーミントの香りのオイルを渡して、その香りを深く吸い込み、意識を集中してもらう。あるいは、彼女が好きな音楽をかけ、目を閉じて音に集中してもらう。そうすると、解離しかけた意識を現実に戻すことが可能です。

禅から発生したマインドフルネスという手法があって、これは意識を「今、ここ」に置くというやり方なのですが、マインドフルネスは、心理療法でも、鬱や不安、境界線パーソナリティ障害等に使われています。このマインドフルネスは、解離障害にもとても効果的な手法だと思います。例えば、一歩一歩、足の裏が地面にふれる感覚を感じながらゆっくり歩く(マインドフルウォーキング)とか、香や味、色、においまで意識しながら食べる、等、五感をフルに使い、「今、ここ」にフォーカスして日常の所作を行うことは、意識を肉体にしっかりつなぎとめ、現実に根差して生きることにつながり、解離傾向を改善するのに大いに役立ちます。

魂と肉体がしっかりつながっていて、意識が肉体に100%在る状態であるときは、意識がクリアになり、見えるものが色鮮やかに映る、安定した感じがする、活力ややる気が増して、思ったことをすぐに行動に移せるようになる、等の現象が起きてきます。これはいわゆるグラウンディングできている(地に足がついている)状態です。上記にあげた方法は、すべて、グラウンディングを促すためのスキルです。

トラウマの癒しとグラウンディングの実践、この2つの同時進行が、解離性障害を改善するカギになると、私は思います。解離しないで生きていられるようになると、生きる喜びをより強く感じることも可能になり、自分で自分の人生をコントロールして、より幸せに生きることも可能になるのだと思います。

 

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ちょっと休憩

ハードな解離障害の話ばかりだと疲れちゃうので、ここらへんでちょっと休憩はさみます。

 

典型的なアメリカンブレックファースト(バターパンケーキ、玉子、ベーコンかソーセージ、ハッシュドポテト、リンゴの甘煮、カッテージチーズ、コーヒー。)

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これ一食たべたら、夕方までお腹がいっぱいという、すごいボリュームなのですが、食べ物が激マズのアメリカで、このアメリカン・ブレックファーストだけはおいしいのでお勧めです。

 

ニューメキシコ州に住んでいた頃、週末によく遊びに行っていたサンタフェの町。

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アーティストの町でもあるので、街並みに面白いオブジェがいっぱい飾ってあります。

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この辺の家は、アドビーという干し煉瓦でできています。

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クイーンサイズのベッドを独占するネコたち。

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私が住んでいた町は、田舎の、小さくて何もない、貧しい町でした。

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失業率も高く、やることがないので、ギャングやドラッグをやっている人が多かったです。特に覚せい剤の使用率が多いので有名な町でした(そんなことで有名になってもしかたないですが・・・(^_^;)。)薬物依存が蔓延していたので、メンタルヘルスのカウンセリングの仕事は、大変忙しかったです。

 

砂漠の町で、湿気がなく空が澄んでいるので、夕日や夜空がとてもきれいでした。天の川もよく見えました☆ミ

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近くに大きなラジオ天文台もありました。

またいつか、休暇を取って遊びに帰りたいなと思います。

解離性障害について(その2)

(その1の続きです。)解離性障害がどういう仕組みで起こるか、それをお話する前に、特に解離性人格障害(多重人格)については、その存在自体を疑う専門家も中にはいる、という点に触れておきたいと思います。

サイコセラピストの中には、解離性人格障害はクライアントの狂言で、実際にはありえないとする人たちがいます。(アメリカにいたときの私の上司の一人がそうでした。)私は、狂言である場合も中にはあるけれど、実際に起こる現象だと考えています。

狂言が疑われるケースとしては、私が担当していたある同性愛者(レズビアン)のクライアントさんを思い出します。この人はもともとは女性で、夫も子供もいるのですが、性の不一致があり、女性であることが嫌でしかたがありませんでした。夫のことも友達としてしか見られず、でも離婚する勇気もなく、インターネットで女性のパートナーを探しては、家出と浮気を繰り返していました。

彼女(彼と呼ぶべきか迷うのですが、一応ここでは彼女と呼ぶことにします)は子供のころに性的虐待を受けていて、自分も子供を虐待する恐れがあるから育てたくないと言い、自分の子供は夫の両親に預けっぱなしでした。性の不一致と同性愛(この二つは必ずしも同時に起きるとは限りません)のことは、周囲の目を恐れて、夫以外には内緒にしていました。

彼女は、自分には別の人格があって、それはマイク(仮名)という男性だと言っていました。そして、マイクは自分の理想のタイプで、マイクになっているときの自分が大好きだ、というのでした。マイクになっているときは自分で気づくのだそうで、セッション中も時々、「あ、今、マイクになった。」「今のはマイクがしゃべった」というのですが、正直なところ、彼女とマイクの人格の差が私にはよくわかりませんでした。

彼女は強迫的な不安感からか、セッション中、いつも、言葉を差し挟む余地もないほど、ひっきりなしにしゃべり続けていて、表情は明るくニコニコと終始笑顔でした。ただ話を聴いてもらえば満足という感じで、彼女自身、治療的介入を望んでいるようには思えなかったのですが、それでも、セッションには毎回欠かさずやってくるのでした。

この人の場合、マイクという別の人格は、実際に存在するのではなく、どちらかというと、単なる強い憧れ(思い込み)なのではないかと、今振り返っても思います。本当に解離性人格障害を持つ人は、記憶の欠落や意識の希薄さを伴うため自分の症状に気づかなかったり、症状を恥ずかしいと感じて隠そうとしたり、症状に悩まされて喜びではなく苦しみを訴える傾向が強いようです。

このクライアントさんから受けたのは、自分の問題と向き合うことを恐れ、強い不安感を抱きながらも、それを隠して偽っているゆえに、アイデンティティがとっ散らかって収拾がつかなくなってしまっている、という印象でした。「無理をしている」という感じがどこかするので、話を聴いていてとても疲れるし、彼女自身も、本当は消耗して疲れ切っていたのではないかと思います。恐怖心を克服して、もっと自分に正直に生きれば楽になったのでしょうが、その時の彼女はまだ、怖さが勝っていて、内面を見つめなおしたり、変容を望んだりする段階まで来ていなかったのだと思います。

狂言や思い込みのケースはさておいて、ほんとうの解離性人格障害(多重人格)は、ひどい虐待を受けた人(特に子供)が、対処できないような痛みを逃れるために、別の人格を作り出し、身代わりにその人格を現実に向き合わせる、一種の防衛手段である、というのが、教科書的な説明になるかと思います。

実際、性的虐待を受けていたある幼ない女の子は、毎日虐待されることが嫌で嫌で仕方なかったので、自分以外の誰かほかの女の子がそれを受けるのだと強く想像しているうちに、本当にその女の子が自分の中に現れ、その間の記憶がなくなった、という話をしています。

想像が創造をもたらし、別の人格を呼び寄せるということは、実際に起こりうることだと私は思います。

スピリチュアルな観点から見ると、多重人格をはじめ、現実感喪失、離人症、記憶の欠落といった一連の症状は、精神的な衝撃により、体と魂にズレが生じ、体と意識の結びつきが希薄になった状態であると説明できます。

例えば事故を起こして意識不明になったときは、意識が体を認識していない状態、意識が体を離れてしまっている状態です。この状態を、私たちは実は毎晩のように経験しています。寝ている時や夢を見ている時、私たちの意識は自分の肉体を感覚器官を通じて認識することはありません。

精神的にひどくショックを受けたときも、事故を起こしたときと同様、意識(魂)がどこかに行ってしまって、体から離れてしまい、その状態が、解離障害を引き起こすというのが、私の個人的な見解です。

魂が体からズレてしまったとき、意識と体の結びつきが、希薄ではあるけれどまだつながっている場合、感覚器官から受け取るシグナルが弱くなるので、自分の体が自分ではないように思われたり、生き生きした現実感を感じにくくなる状態が起こります。けれども、まだ意識がつながっているので、かろうじて自分をコントロールする力は残っています。

けれども、もし、ズレがひどくて、意識が体からほぼ完全に飛び出してしまった場合、自分をコントロールする司令官がいなくなり、肉体は主がいない空き家のようになってしまうので、まったく別の人格が入り込んでしまうということが起こりうるのだと思います。誰かに憑依されているようにみえる重度の解離性人格障害は、この状態だといえます。実際、最新の精神医学手引書であるDSM-5は、解離性人格障害の診断基準の1つを「文化によっては憑依経験と表現される」としています。

(すみません、今回も終わりませんでした(^_^;)。またまた長くなってしまうので、その3に続きます。)

 

 

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解離性障害について(その1)

多重人格というのを聞いたことがある人は多いと思います。

突然人格が変わり、別人みたいにしゃべったりふるまったりし、ひどい場合はその間の記憶が全くないという、ジギルとハイドみたいな症状は、この多重人格、正確には解離性人格障害(Dissociative Identity Disorder)に該当します。

ここまで顕著なケースは比較的まれですが、たとえば、子供のころ虐待を受けた記憶が欠如しているとか、辛い目にあった子供のころのことをまったく覚えていないとか、いじめにあっていた小学校時代の記憶がところどころないという人は、割合たくさんいらっしゃいます。これは解離性健忘(Dissociative Amnesia)と言われる精神障害の症状に当てはまります。

解離性人格障害や解離性健忘を含めた精神障害のカテゴリーは、解離性障害(Dissociative Disorder)と呼ばれて、他には離人性/現実感喪失性障害(Depersonalization /Derealization Disorder )などがあります。(※Derealization Disorderの日本語名は、私が勝手につけたものです。これは昨年から新たに病名として加わったもので、まだ正式な日本語訳が広まっていないようです。)

ちなみに、離人性/現実感喪失性障害の主な症状は、自分が自分ではないように感じたり、自分の体にいないように感じる、または、周りの様子が非現実的に感じられたり、かすみがかかったように感じられたりすることです。これらの症状は、何かとてもショックな出来事があったときには、誰にでも起こりうるもので、精神障害と診断されるほどではない一過性の症状なら、約50%の成人が経験しているといわれています。

これらの解離性障害に該当する深刻なケースは、アメリカのサイコセラピーの現場では、しばしばみられました。

解離性人格障害で症状が重いクライアントさんだと、日によってアクセントや容姿、筆跡まで変わったりします。

50代の白人女性で、ある時は黒人訛りで話し、ある時はたどたどしい口調で、7歳くらいの女の子みたいにしゃべる。またある時は、どっと老け込んで、お婆さんみたいな外見になり、車いすでやってくる、といった人がいました。

この人は、別の人格になっているときは記憶がなくなってしまい、例えば私のオフィスに入ってきたとき、注射の綿が腕にテープで貼られていたので、

「病院に寄ってきたの?」

と聞くと、

「なんだ、これ?なんでこんなものが腕についているの!?」

と、自分の腕を見て驚く。病院はすぐ隣の建物で、彼女が注射したのは、おそらく30分以内だったのに、その記憶がないのです。

厄介なのは、こういう人たちは、別の人格になって記憶がない間に、時々、危ないことや後でトラブルになるようなことをしてしまうということです。

彼女の場合は、漂白剤を飲んで自殺を図り、緊急病棟に運ばれたのですが、たまたまその時オンコールで処置診断のために駆け付けた私に、

「また、やっちゃった。覚えてない。」

と笑うのでした。

彼女が別の人格になるトリガー(引き金)となるのは、鬱や不安を伴うストレスを引き起こす出来事で、漂白剤を飲んだときは、彼女が慕っていたお兄さんが殺された一周忌の日でした。

もう一人、私が受け持っていた男性のクライアントさんで、解離性人格障害の人は、別の人格になっているときに、職場の上司の留守番電話に、ひどいののしりのメッセージを残して、せっかく得た職場を失ったということがありました。

何かあったとき、彼は、私にも、いわゆるfxxxワードを使って、「お前のところにはもう二度といかない」というメールを送ってきたことがありました。

それに関して彼に聞いてみると、

「え、それ、オレが書いたの?全然、覚えていないんだ。そんなこと、人もあろうに、あなたに書くわけがない。きっと別の人格の時に書いたんだ。」

と、びっくり仰天し、ひどく申し訳ながりました。

その様子を見て、私は本当に彼は覚えていないのだと思いました。彼は私に対しては、いつもリスペクトを表し、礼儀正しく接してくれていたので、そんな悪態をついた言い方をすることは、そもそも考えにくいことでした。

この二人のクライアントさんを含め、多くの解離性人格障害の患者さんは、身体的・性的虐待を受けた過去があります。欧米では、この精神障害を持つ人の約9割が、幼児期に虐待やネグレクトを受けているという、統計があります。

(長くなるので、つづく。その2では、解離性障害をどう理解するか、どうやって改善に導いたらいいか、私なりの考えを書こうと思います。)

 

 

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DSM-5では、解離性障害を