もうずいぶん前のことですが、アメリカで大学に通っていた時、寮で日本人の留学生が自殺未遂を図る事件がありました。
彼は大学の寮に住んでいて、アルコールを飲んだ後、薬をOD(過剰摂取)して、死のうとしたのでした。
私は彼とは顔見知り程度で、話をするほど仲が良かったわけではないのですが、その事件を起こす数日前に図書館で見かけたとき、彼が大きなため息を何度も何度もついていたのを思い出して、ああ、あのとき、あの子はすごく落ち込んでいたんだなあ、気の毒なことをしたなあと思いました。
彼は病院に運ばれて、しばらく入院をすることになり、誰とも会いたくないと言っていたそうです。私やアメリカ人の寮生の友達たちは、寮に集まって情報交換をし、何かできることはないかと思って、寮の彼の部屋に入らせてもらいました。
そのとき彼の部屋を見て、印象的だったのは、本棚に置いてある日本語の本の数々が、暗い、落ち込むようなものばかりだったことでした。ほかにどんな本があったかは覚えていないのですが、メルヴィルの「白鯨」があったことは覚えています。彼の心の中を映し出しているような部屋だなあ、こんな本ばかり読んでいるのでは、鬱っぽくなるのも無理はないなあ、と思ったものです。
「白鯨」のように心の闇を描いた本も、もちろん必要だし、価値あるものだと思います。でも、暗い本や残酷なニュースばかり選んで読んだり見たりしていると、人間の闇に偏った情報が入ってきてしまい、それに気分が影響されてしまうのは確かだと思います。
読む本でもそうですが、見るもの、聞くものをはじめとして、五感で感じるものはすべて、私たちの中に入ってくる情報です。気分が沈みがちなとき、不安が高まっているときは、意識的に、気分が明るく前向きになるような情報を取り入れるよう、心がけたほうがいいと思います。
また、逆にいうと、気分が落ち込んでいて、不安感がつよいときは、ややもすると、暗い情報に意識がいってしまいがちになります。それでさらに気分が暗くなり、不安感が高まるろいう、悪循環が起こりやすくなるんですね。
情報が入ってくると、私たちの体や心には反応が起こります。
ネガティブな情報が入ると、気分が重くなったり、体が硬直して固くなったり、胃がギュッと締まる感じになったりして、ストレス反応が起こりやすいでしょう。反対に、心地いい情報が入ってくると、体が軽くなったり、気分がリフレッシュしたり、目の前がぱっと明るくなったりすると思います。
この反応の積み重ねが、日常のベースになる気分を生み出していきます。なので、当たり前のようですが、どの情報を取り入れるかは、私たちの心の状態を左右する、大切な要素になります。
今、この瞬間において、自分の中に取り入れることのできる情報というのは、実は私たちの周りにあたくさんあふれています。そのうちのごく限定された一部を、私たちは取り入れており、それは私たちの自由意思で選べるものなのです。
例えば、会社で上司にイヤミを言われたとします。そのことを週末に思い返して、その情報で頭をいっぱいにしてしまうとします。すると、晴れた日の日曜日、散歩をしていても、道端につぼみ始めたチューリップや、青い空の色や、降り注ぐ光のまぶしさや、暖かくなり始めた空気の温度、近くを流れる川のせせらぎ、公園で焼いているクレープの甘いにおいなどの、もっと自分を心地よくしてくれる情報が、入ってこられなくなります。
これは、今現在、確かに周囲に存在している、自分を癒やしてくれる色や形、音、香り、触感、音という情報を、もっと不快な情報に自ら意識を集中させているために、シャットダウンしてしまっている状態なのです。とてももったいないことですよね。
たいてい、私たちは無意識に情報を取り入れているものですが、気分が落ち込んだり、不安になっている時には、意識的に、できるだけ気分がよくなるような情報を選ぶようにした方がいいと思います。
そういう情報は、どんなときにも必ず周りに存在しているはずですので、見つけてみてくださいね。