多重人格というのを聞いたことがある人は多いと思います。
突然人格が変わり、別人みたいにしゃべったりふるまったりし、ひどい場合はその間の記憶が全くないという、ジギルとハイドみたいな症状は、この多重人格、正確には解離性人格障害(Dissociative Identity Disorder)に該当します。
ここまで顕著なケースは比較的まれですが、たとえば、子供のころ虐待を受けた記憶が欠如しているとか、辛い目にあった子供のころのことをまったく覚えていないとか、いじめにあっていた小学校時代の記憶がところどころないという人は、割合たくさんいらっしゃいます。これは解離性健忘(Dissociative Amnesia)と言われる精神障害の症状に当てはまります。
解離性人格障害や解離性健忘を含めた精神障害のカテゴリーは、解離性障害(Dissociative Disorder)と呼ばれて、他には離人性/現実感喪失性障害(Depersonalization /Derealization Disorder )などがあります。(※Derealization Disorderの日本語名は、私が勝手につけたものです。これは昨年から新たに病名として加わったもので、まだ正式な日本語訳が広まっていないようです。)
ちなみに、離人性/現実感喪失性障害の主な症状は、自分が自分ではないように感じたり、自分の体にいないように感じる、または、周りの様子が非現実的に感じられたり、かすみがかかったように感じられたりすることです。これらの症状は、何かとてもショックな出来事があったときには、誰にでも起こりうるもので、精神障害と診断されるほどではない一過性の症状なら、約50%の成人が経験しているといわれています。
これらの解離性障害に該当する深刻なケースは、アメリカのサイコセラピーの現場では、しばしばみられました。
解離性人格障害で症状が重いクライアントさんだと、日によってアクセントや容姿、筆跡まで変わったりします。
50代の白人女性で、ある時は黒人訛りで話し、ある時はたどたどしい口調で、7歳くらいの女の子みたいにしゃべる。またある時は、どっと老け込んで、お婆さんみたいな外見になり、車いすでやってくる、といった人がいました。
この人は、別の人格になっているときは記憶がなくなってしまい、例えば私のオフィスに入ってきたとき、注射の綿が腕にテープで貼られていたので、
「病院に寄ってきたの?」
と聞くと、
「なんだ、これ?なんでこんなものが腕についているの!?」
と、自分の腕を見て驚く。病院はすぐ隣の建物で、彼女が注射したのは、おそらく30分以内だったのに、その記憶がないのです。
厄介なのは、こういう人たちは、別の人格になって記憶がない間に、時々、危ないことや後でトラブルになるようなことをしてしまうということです。
彼女の場合は、漂白剤を飲んで自殺を図り、緊急病棟に運ばれたのですが、たまたまその時オンコールで処置診断のために駆け付けた私に、
「また、やっちゃった。覚えてない。」
と笑うのでした。
彼女が別の人格になるトリガー(引き金)となるのは、鬱や不安を伴うストレスを引き起こす出来事で、漂白剤を飲んだときは、彼女が慕っていたお兄さんが殺された一周忌の日でした。
もう一人、私が受け持っていた男性のクライアントさんで、解離性人格障害の人は、別の人格になっているときに、職場の上司の留守番電話に、ひどいののしりのメッセージを残して、せっかく得た職場を失ったということがありました。
何かあったとき、彼は、私にも、いわゆるfxxxワードを使って、「お前のところにはもう二度といかない」というメールを送ってきたことがありました。
それに関して彼に聞いてみると、
「え、それ、オレが書いたの?全然、覚えていないんだ。そんなこと、人もあろうに、あなたに書くわけがない。きっと別の人格の時に書いたんだ。」
と、びっくり仰天し、ひどく申し訳ながりました。
その様子を見て、私は本当に彼は覚えていないのだと思いました。彼は私に対しては、いつもリスペクトを表し、礼儀正しく接してくれていたので、そんな悪態をついた言い方をすることは、そもそも考えにくいことでした。
この二人のクライアントさんを含め、多くの解離性人格障害の患者さんは、身体的・性的虐待を受けた過去があります。欧米では、この精神障害を持つ人の約9割が、幼児期に虐待やネグレクトを受けているという、統計があります。
(長くなるので、つづく。その2では、解離性障害をどう理解するか、どうやって改善に導いたらいいか、私なりの考えを書こうと思います。)
DSM-5では、解離性障害を