盛岡心理カウンセリング・ハミングバード

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子育て

社会に適応する力の育て方

社会に適応する力を育てるポイントについてお話しします。
もちろん、障がいがあってもなくても、やることは同じです。

社会に適応する力と言いましても、色々あると思いますが、今回は、集団生活に適応するために必要なルールを守る力についてお話しします。

この力を育てるには、三つの段階を踏まなければなりません。
一つ目は、周囲の状況を理解する力を育てる
二つ目は、望ましい行動を判断する力を育てる
三つ目は、とるべく行動を実践できる力を育てる

段階という言葉を使いましたが、これらの力は、段階を踏んで身に付いていくものなのです。
つまり、一つ目の力が育たなければ、二つ目の力は育たず、二つ目の力が育たなければ、三つ目の力は育たない、ということです。

一つ目の力について

周囲の状況を理解していないと、自らどのような行動をとったらいいかは判断できません。

この力を促すためには
例えば、
「◯◯ちゃんは、何しているのかな?」
「そうだね。ブランコ乗ってるね。」
「あれー、お友だちがいっぱい並んでるね。」
「何で並んでいるかな?」
などと、周囲の状況を会話を通して確認してあげると、漠然としていた理解がより明確になったり、気付かない点に気付いたりします。
興味があるものだけが目に入り、目標物に一目散に駆け付ける子どもさんの場合は、ストップをかけて、周囲に気付くよう促さなければなりません。但し、この場合、それ以前に、「ストップ」という言葉に従う力を育てる必要があります。

「うちの子どもは、何度言い聞かせても言うことをきかないのです。」という相談を受けることがあります。自分の欲求が優先されて言うことをきかないということもありますが、実は、周囲の状況を理解していない場合が多いのです。

二つ目の力について

最初から適切に判断することは難しいです。前述のような会話の流れの中で、「どのような判断をすれば良いのか」「何故、そうするのか」について教えると良いでしょう。

三つ目の力について

自分の欲求と闘いつつも、望ましい行動をとれることが求められます。

子どもが自分の欲求を抑え、望ましい行動をとる時はどういう時でしょう。先生に叱られるとわかっている時でしょうか?

違いますね。
前述のブランコの例で考えますと
他のお友だちも自分と同じように、早くブランコに乗りたいと思っていることを知っていることと、待てば必ずブランコに乗れるという保証があるからです。
この点を「並ばないと先生に叱られるよ。」などと誤った判断を擦り込むと、先生に叱られるか否かが順番待ちをするかしないかの判断になってしまうので気を付けましょう。

望ましい行動をとったら、必ず、拍手をしたり、OKサインを出したり、「よくできました。」と言葉で伝えるなど、その行動が望ましいことを本人にわかるように伝えてあげましょう。ルールを守る力が確実に身に付く大切なポイントなので、心にとめていただければと思います。

適切に判断し、望ましい行動をとる力は、集団生活の中でお友だちや先生に注意されたり、友だち同士で喧嘩しながら身に付いていくものだと思います。
しかし、時に、判断が曖昧なまま、お友だちの見様見真似で行動している場合があります。そのようなことが続くと、自分に自信が持てなくなったり、様々な選択を自分の意思ではなく、他者の意思に依存するくせがついたりします。

これらの力が曖昧に身に付いているかどうかは、「いつもならできるのに、今日はできない」あるいは「できる時とできない時のムラがある」などの症状で気づいたりします。

集団生活のルールは、集団生活の中で身に付くことが多いものですが、ご家庭でも、三つの段階を意識し、それらの定着状況に注意を向けていただけたらと思います。

 

                                                                                                                         (佐々木智恵)

障がいがあろうとなかろうと、子育ての基本は、皆、同じ

今まで、何度も繰り返し、お話ししてきましたが、自分の感情を受け止めてもらうと、人は安心します。
自分を理解してくれる人がいると感じます。それは、安全な居場所を作り、人への信頼感を育みます。

このことは、障がいがあろうと、なかろうと関係ありません。
全てに通じるものです。

ややもすると、障がいを持っている子どもさんには、特別な対応方法があるかのように語られる場合がありますが、私は、基本的に子育ては、皆、同じだと考えております。
「子どもが何を感じ、何を考えているか」を尊重しつつ、その子どもの理解力に合わせて教えていく、ただ、それだけだと思います。

「この子は、障がいを持っているから、これが出来なくても仕方が無い」という考えもありません。
何故なら、どんな子どもでも、世の中のルールは守り、人と関わり、社会で生きていかなければならないからです。

どの子どももやる気満々です。そして、できるととても嬉しいのです。その気持ちを大切にしていきたいと思います。

私がこのような考えを持つようになったのには、きっかけがあります。自閉症と診断がついた子どもたちの療育に悩みを抱えていた頃、ある先生と出会ったのです。様々な研修会を受けて、私なりに勉強をしていたものの、どこか府に落ちず、悶々としていた時でした。

「障がいがあると特別に扱わないとならないのか?」

特別なら特別でもいいが、どこか、子どもが尊重されないような、子どもの気持ちが二の次に扱われているような、そんな違和感に悩まされていました。
そんな時です。
仕事を通じて、当時、千葉県総合教育センター特別支援教育部、現在は、千葉県立八千代特別支援学校の田中克人先生の講演会を紹介していただきました。その講演会の内容は、今まで聞いた内容とは全く別物でした。

田中先生の考えは、以下のことを前提とし、「一人一人の子どもと対等にかかわる姿勢」を大切にしています。

 

どんな子どもでもそれぞれの事情に合わせ、その社会を生きていくことになる。
その社会をよりよく生きていくためには、「他者とかかわっていく」必要性が生じてくる。
「他者とどうかかわっていくか」は、その子どもの「幸せな人生」にかかわってくる問題であろう。

「障がいがあっても、なくても」一人一人の子どもは全く異なる個性を持っている。
目の前の子どもを一人のかけがえのない存在として認め、しっかりと向かい合う(対等にかかわる)ことから見えてくるものがある。

「目の前の子どもへの理解が深まり、同様に子どもも、大人への理解が深まる」ことで芽生えてくる「信頼関係」が、子どもを育てていくうえで何より大切である。

参考文献: 「自閉症と呼ばれる子どもたちー相談室が考えるかかわり方のちょっとしたヒントー《応用編》」  田中克人著(2007)

 

田中先生の考えに基づいて、子どもと接すると、今まで理解できなかった子どもの行動も不思議と理解できるようになったのです。パニックを起こしているその気持ち、その原因。本当に不思議と伝わってくるものがありました。

そして、今まで見えなかったその子どものできる能力。長所。次から次へと、「目から鱗」のように、「自分自身の悩み」というもやが消えていくのがわかりました。

また、田中先生の対応には、常に「何故そうするか」という根拠と目的、目標がありました。
それを学ぶことで、子どもと接する時に、「子どもの反応を見ながら適宜対応に変化をつけていく」という見通しをつけることができました。

まだまだ、不勉強な点は、たくさんありますが、子どもさんの発達に悩まれている親御さんがいらっしゃっいましたら、どうぞ、今一度、子どもさんと向き合ってみてください。
診断名に振り回されず、問題行動といわれるその行動に捉われず、我が子が何を感じ、何を考えているのか、その点に意識を向けていただければと思います。

                                                                                                                               (佐々木智恵)

幸せな人生を歩むために必要な根源的力

以前、「生きる力」として、「ありのままに感じ、表現する力」の話を取り上げましたが、もう少し詳しくお話しましょう。

「自分が今、何を感じているか」に気づくことは、意外に難しいものです。

大人になると、ルールや円滑な人間関係など、自分の感情よりも優先される事柄が多くなりますので、ある程度自分を抑え、周囲に合わせなければなりません。

このようなことは、家族であれ、 友人関係であれ、仕事上のことであれ、円滑に流れていくためには、当然、必要なことです。

しかし、そのようなことばかりに意識が向いていると、本来の自分の感情に気づかず、自分も周囲と同じ感情を持っていると勘違いして過ごしてしまうことがあります。

怖いのは、それが日常化してしまい、様々なことを判断する時に、周囲、あるいは、あの人は「どう判断するであろうか」と、自分ではなく他人の考えを無意識に想像し、それに基づいて判断してしまうようになることです。

しかも、その事に本人は気付いていないことが多いのです。

ところが、他人の考えを常に的確に想像できるわけではないので、迷いが生じます。
「こう考えるであろうか?」
「それともこう考えるであろうか?」と。
決めることができずに混乱してしまう。

それが、いずれ、慢性的な不安となり、漠然とした緊張感を生み出していきます。それは、心のエネルギーを消耗してしまう状態でもあります。

判断に迷った時、
「じゃあ、あなたはどう思うの?」
「どう感じているの?」
「どうしたいの?」
そう自分に問うて欲しいです。

でも、周囲優先で人生を過ごしてくると、それが難しい。自分が何をどう感じているのかわからないのです。
自分の感情に鈍感になるというのは、こういうことです。

だからこそ、小さい時から、ありのままの感情を表現するチャンスを逃さないように育てて欲しい。
もちろん、言葉で。

幼い子どもであれば、癇癪を起こした時に周りの大人が言葉で表現してあげる。
少し大きくなったら、片言の言葉を周りの大人が正しい言葉で表現してあげる。
もっと大きくなったら、子どもが表現した言葉をそのまま繰り返してあげる。
自由に表現できるようになったら、「本当の気持ちを話してくれてありがとう。」と感謝の言葉を返してあげる。
そうやって育てて欲しい。

ありのままの感情を表現して、受け止めてもらった時の爽快感は、周囲の助言や出来事を素直に受け止める力となります。

今まで「わかってもらえない」でも、「わかって欲しい」という気持ちでいっぱいになっていた心は、受け止めてもらえた瞬間、すっと波が引くようにその気持ちは消え、無の状態となり、自分や相手や周囲の状況を冷静に見つめる余裕を生むのです。

ありのままの感情を表現することは、決してわがままではありません。
表現することで、自分の感情に気づき、周囲に自分をわかってもらえるチャンスとなり、ひいては、周囲の状況を正しく理解し、円滑なコミュニケーションをもたらすのです。

そう、それは、子どもが幸せな人生を歩むための根源的な力です。

                                 

                                                                                                                                (佐々木智恵)

子育ては「言うは易く行うは難し」

子育ては、「言うは易く行うは難し」ですね。

ブログで色々論じているかくいう私も、子育ては、珍道中そのもので、泣いたり笑ったり、青ざめたり‥‥(笑)

悩み多き子育て時代を無我夢中で通り過ぎてきたように思います。

当時の私は、周りのお母さん方を見て、「順調な子育てで、子どもたちもすくすくのびのびと育ってて、いいな~」と、羨ましく思うものでした。

そんな私でしたが、今では娘たちも大きくなり、「あの時はああだったね、こうだったね」と話す機会が増えてきました。

その話の中で、つい先日、思わず吹き出してしまう事がありました。

それは、娘たちがまだ小学生で、私が仕事と家事と子育てと実家の手伝いとで奮闘している頃の話です。

朝、目が覚めれば、もう私の頭の中は戦場!いかに時間までに掃除、洗濯、朝食作りにお弁当作りを仕上げるか、目を吊り上げながらパタパタしていたと思います。そんな時に、「おーい、あれはどこだ?」と主人。「お母さん!ジャージがないー!」と長女。「お母さーん、今日、雑巾持っていく日だった!」と二女。

そこで私。「だから、昨日、準備はできたの?って言ったじゃない!」と言うものの、それでも気持ちは収まらない。
「んもー!お母さん、お母さんって言わないでよ!今、3人同時にお母さんって言ったけど、お母さんの身体は一つなんだからねー!!」

今なら、「自分の事は自分でやるという躾をしていない自分が悪いのだ」と考えるゆとりがありますが、当時は、必死ですから、そのような考えは微塵もありませんでした。むしろ、「自分で自分の事ができない君たちが悪い!」といったような勢いでした。

ところが、最近になって、とんでもないことが発覚。

長女が言いました。

「あの時、お母さんが『お母さんって呼ばないで。』って言ったから、何て呼んだらいいかなあってすごく悩んだんだ。だから、『ねえ』とか『ちょっと』とかって呼んでたんだよね。」

「なにー?!」唖然とする私。

確かに、私の言葉通りに解釈すれば、そのとおりだ。
全くそのとおりだ。
その通り過ぎて、返す言葉がない。
日々の生活に追われ余裕を失うと、こんな風に親は勝手に通じているものと思い、子はそんな姿の親に、「じゃあどうすればいいのか」と聞くこともできず、一人で悩むんだ‥と、猛省しながら、ひたすら、謝った訳です。

今回は、大笑いで済みましたが、こんな小さな積み重ねが、親と子のボタンのかけ違いを招いていくのかなぁと漠然と思う今日この頃です。

 

                                                                                                                         (佐々木智恵)

赤ちゃんの素晴らしい能力

子どもは、お母さんのお腹の中にいた頃の体験を覚えていると聞いたことがあるので、我が娘が2~3歳の頃に尋ねてみたことがあります。

長女は、「ロープで縄跳びをした。」といい、二女は、「暗くて、温かくて、気持ち良くて、ザーザーと音がした。」と言いました。

ロープはへその緒でしょうか。長女は、活発で、じっとしていない子どもでしたから、縄跳びと答えた時は、あまりにも、長女らしい回答でしたので、可笑しくて、大笑いしたのを覚えています。

長女の愉快な発言に比して、二女の言葉は、ドキッとするほど、子宮内空間を的確に表現していました。何より、すでに、五感が発達しており、快・不快の感覚を身につけていたのだということを証言しているようで、我が子でありながらも、我が子でないような不思議な感覚に襲われ、畏敬の念を抱いたことを覚えています。

赤ちゃんは、生まれながらにして、多くの力を身につけているといいます。

生まれたばかりでも、お母さんの胸に抱かれると、即座におっぱいを探します。そして、お母さんが声をかけると、まるで、お母さんの声に耳を澄ましているように、ふと、動きが止まります。「お腹の中で聞いた声と同じだ‥」とでも思っているのでしょうか。

お腹の中は、長い間、気持ち良く、安心する場所として過ごしてきましたので、その時に聞こえたお母さんの声は、赤ちゃんにとって、安心安全なものということになります。

妊娠中の10か月は、お母さんと赤ちゃんの絆を育む期間なのですね。

視力は、ちょうど、赤ちゃんがおっぱいを飲む位置から、お母さんの顔までの距離くらいは、ぼんやりと見えるといわれています。これは、私の勝手な解釈ですが、この話を聞いた時に、きっと、神様がおっぱいを飲む時間を使って、安心安全な感覚を覚えさせた声の主の顔を認識できるように授けてくれたのだと思いました。

他にも、寝ている時に大きな音がすると、ビクッと反応しますが、同じ音を何度も聞かせていると反応しなくなるという、「慣れ反応」とか、ストレスを感じると自らをなだめようとする、「なだめ反応」など、赤ちゃんには、生まれながらにして外界の刺激と付き合っていく力が備わっているそうです。

以前、赤ちゃん訪問の仕事をしていた頃、赤ちゃんが示す様々な反応や能力について、できるだけ説明するように心がけていました。
「ちゃんと、声は聞こえていますよ。」
「お母さんの声には、ことさら、反応しますね。」
「お母さんの顔をじっと見ていますよ。」
「テレビの音よりもお母さんの声の方によく反応しますね。日頃、よく声をかけているからですよ。」 etc‥‥

生まれたばかりでも、反応は千差万別、持って生まれた個性でしょうか。本当に一人一人違います。

嬉しいことに、その説明を受けたお母さん方は皆さん、パッと表情が明るくなり、赤ちゃんをいっぱい褒めてくれていました。素直に嬉しかったです。

空腹やオムツの汚れなど、不快なことを泣いて訴える力や心地よいものを選択して、取り入れる力、そして、不快な感覚を自ら対処する力、これら全てを赤ちゃんは、生まれながらにして兼ね備えています。すなわち、厳しい外界に生まれても、強く生きていくための基本的な力はすでに持っている訳です。

生まれたばかりの赤ちゃんは無力で弱い存在と思うと、お母さんの不安がより一層大きくなるような気がしますが、このようなことを予め知っていると、子育ても楽しくなりそうな気がしませんか?

どうぞ、妊娠中のお母さん、出産されたばかりのお母さん、そして、それを見守るパートナーの皆さん、是非、赤ちゃんの素晴らしい能力を見つけ、感動し、そしていっぱい褒めてあげてください。そうすれば、赤ちゃんは、心地よく、安心安全な感覚に包まれ、一生涯、無意識の中に記憶され、心の安定につながることでしょう。

                                                                                                                                   (佐々木智恵)

駄々こねに困らない子育てのコツ

公共の場で子どもに駄々をこねられると、本当に困りますよね。

例えば、お買い物の場面。店内に入った途端、お店の中を走り回ったり、あちこちの商品を触って歩いたり、床に落としてみたり、仕舞いには、「あれ欲しい。」「これ欲しい。」が始まります。「ダメよ。今日は無しね。」と言おうものなら、「ぎゃー!」とひっくり返る。お母さんがなだめても、言えば言うほど、泣き声は大きくなり、そこから動こうとしない。「あーあ、また始まった。」とお母さんの心の中は、どんより。

こんな感じでしょうか。

駄々こねは、言い換えれば、自己主張。大切な発達過程ではありますが、親としては頭の痛いところですね。

では、この大切な発達過程である駄々こねをどうしたら、良い方向に育てることができるでしょうか。

人が人の言うことを聞く時の気持ちについて考えてみましょう。

相手のことを信頼できて、言われていることが納得でき、そして、その人の期待に応えたいと気持ちが働いた時に、言うことを聞こうと思うのではないでしょうか。

つまりは、以下の3つの点を育てるつもりで、子どもと関われば良いのです。

まず、

一つ目は、その場面がどういう場面であるかを理解できる力

二つ目は、相手を信頼する心

三つ目は、期待に応えたいという心

次に、上記の力や心を育てるためのコツについてお話します。

一つ目の「場面を理解する力」については、

お買い物の場面を例とすると、おおよそ以下の内容について、あらかじめ子どもに伝えておきましょう。

1 ◯◯というお店に行くこと

2 お店はお買い物をするところであること

3 走ったり、大声を出してはいけないこと

4 子どもが買ってよいのは◯個までであること

5 商品を選ぶ時は、親の了解を得ること

6 買う時は、必ずレジを通らなければならないこと

7 レジを通るまで、商品を開けてはならないこと

お出かけの前に、一遍に伝えても、理解できないでしょうから、日頃の遊びの中で教えてあげると良いでしょう。

二つ目の「相手を信頼する心」については、

日頃から、良いことは良い、悪いことは悪いと、はっきりと子どもにわかるように伝えてあげましょう。そうすれば、どんな時に褒められ、どんな時に叱られるかがわかるので、子ども自身も行動しやすくなるでしょう。それは、同時に、親への信頼が厚くなることにつながります。

三つ目の「期待に応えたい心」については、

日頃から、望ましい行動をとった時は、すかさず褒めてあげましょう。年齢が低かったり、元々器用ではない子どもさんですと、期待通りの行動が取れない場合が多いので、どこを褒めたら良いのだろうと悩むこともあると思います。でも、子どもは、必ず努力します。その努力を見逃さずに褒めてあげてください。そうすれば、頑張ることの喜びと達成感を味わうでしょう。その経験が、人の期待に応えたいという心を育てるのです。

結局のところ、駄々をこねる場面で言い聞かせてもどうにかなるものではなく、日頃からの関わり方が大切であるというわけです。このようなことを少しでも意識していただくことで、駄々こねに困らない子育てができるようになります。

                                                                                                                           (佐々木智恵)

大人の時間は、子どもにとって、退屈な時間。それも大事な経験

昨日、私の娘がホームステイでお世話になったアメリカのご家族が盛岡に立ち寄ってくださったので、一緒にランチをしました。

可愛らしい5歳の女の子、Jちゃんを連れて。ブロンド色のツヤツヤした長目のおかっぱ。

本当に沢山の愛らしい姿を見せてくれました。

ランチタイムを楽しみに、私の娘とママと手をつないで歩く姿

レストランで、あちこち歩きたいのをママに止められ、渋々言う事を聞く姿

大人のおしゃべりの退屈な時間、変顔したり、テーブルの下に隠れたりして過ごす姿

コップを倒して、ママに叱られ、シュンとし、ママの陰に隠れて寝る姿

胸がキュンとなるほどに可愛らしく、いじらしい。

時差ぼけで眠いのだろうと、そっと抱っこしようと大人3人で準備を始めると、「どこ行くの?」と。あれ?寝たふり?中々、上手です。

子ども子どもと思って見ていたけど、結局は、大人3人に合わせてくれていたJちゃん。

心から感謝します。楽しい時間をありがとう!

                                                                                                                                        (佐々木智恵)

子育てって難しいですね

子育てって、本当に難しいですね。当たり前ですよね。神様ではないのですから。山あり谷あり。珍道中。思うようにいきません。

考えてみれば、女性は、母役、妻役、嫁役、PTAや町内会などの地域の役、介護の役、そして、仕事をしていれば、仕事上の役‥‥沢山の役を担っています。一つ一つの役割に対する周囲からの期待は、どれも大きいです。いつも頭はフル回転でしょう。いっぱいいっぱいです。

そんな中、我が子が、言う事をきかなかったりすると、怒るまいと思っていても、つい、「コラー!何やってんのー!」となりがち。それも、すごい形相で‥‥

「あー、また、怒ってしまった。」

こんな事の連続ではないでしょうか。そんな日常の中で、子どものありのままの感情を受け止めましょう‥‥なんていう余裕はないかもしれませんね。もしかすると、私のブログを読んで、落ち込んでいる人もいるかもしれません。おそらく、子育て中の多くの方は、「わかっているけど、簡単にできるものじゃない。」と思っているでしょう。

そのとおりですね。

考えてみましょう。もし、お手本どおりに子育てをされているご両親がいたとします。常に、子どもの思いを受け止めて、 丁寧に教えてあげています。でも、世の中には、ご両親のように、上手に対応してくれる大人ばかりではありません。一歩、世に出たら、理不尽な態度を取る大人だっています。子ども同士ならぶつかり合うこともできますが、子どもと大人の関係だとそういう訳にはいきませんね。

とても丁寧に扱われてきたその子どもは、どう感じるでしょう。おそらく、とてもびっくりすると同時に、そのように扱われる理由がわからず、動揺するでしょう。

極端なお話をしましたが、では、どうしたら良いでしょう。

怒りすぎたな、失敗したなと思ったら、素直に謝ればいいのです。真摯に自分と向き合い、反省し、間違っていたと思ったら、ちゃんと相手に謝る。その姿は、「お父さん、お母さんは、僕、私の事をちゃんと見ていてくれた。」という喜びや安心感を与えるだけでなく、「お父さん、お母さんも間違うことがあるんだ、間違った時は、謝ればいいんだ。」ということも教えてくれます。また、心を開いて話をすることの気持ち良さなど、沢山の教えが含まれています。

そして、何より、その姿は、親自身のありのままの姿であり、身をもって、ありのままに感じ、表現することの大切さを教えていることになります。

結局のところ、子育てにおいて、大切さなのは、細かいノウハウではなく、「生きる力を育てるとは、何ぞや。」ということを念頭に置きつつ、肩の力を抜いて、真摯に自分と向き合っていく親の姿なのではないでしょうか。

                                                                                                                                         (佐々木智恵) 

 

 

育みたいもう一つの「生きる力」

「生きる力」を考える時に、「人は、一人では生きていけない。」という言葉を思い浮かべます。全くその通りで、身体的にも、精神的にも、経済的にも、社会的にも、本当に多くの方々に支えられて生きていると実感します。

誰でも、一度くらいは、一人で解決できない不安や困り事を抱えた経験があると思います。そのような時、皆さんは、どうされますか。 おそらく、誰かに協力を願うなどの手段を講じると思います。

でも、それができないとしたら、どうなるでしょう。

一人でその思いを抱えてしまい、その事ばかりを考えるようになります。それは、とても苦しい状態で、心のエネルギーを奪い取り、時に、孤独すら覚えさせる事もあるでしょう。

逆に、勇気を持って、誰かに話すと、心の中に溜まっていた重い思いが、少しずつ抜けていき、軽くなっていきます。

苦しい時に、Helpを発信する力。それが、もう一つの「生きる力」です。

「◯◯で困っているの。手伝って欲しい。」「◯◯に悩んでいるの。話を聞いて欲しい。」など、自分の困っている事を誰かに伝える力。

この力を育てるには、どうしたら良いのでしょう。 自分の困っている事を誰かに伝えるという行為は、勇気がいることです。「困った時は、ちゃんと言うのよ!」と、時ある毎に、言い聞かせても育つものではありません。

まず、その力を育てる前提として、基本的信頼が育っていなければなりません。

赤ちゃんが泣くと、お母さんは、おっぱいやミルクをあげたり、おむつを変えたり、寝かせつけたりしますね。基本的信頼は、このような中で育つものです。

「お母さんは、困った時、助けてくれる人だ。安心できるなあ。」といった感覚です。

そして、もう一つ、ありのままの自分を受け入れられる体験が必要です。

子どもですから、よく叱られるような行動をしてしまいます。これが頻繁だと、大人側も、つい、頭ごなしに叱ったりしますね。

社会的に認められない行動は、許してはいけませんが、抱く感情に良い悪いはありません。抱いた感情を受け止め、その感情を言葉にして、子どもに返してあげましょう。

「そうかあ、悔しかったのね。」など。

そうすれば、子どもは、「◯◯で、僕は悔しかったけど、お母さんは、わかってくれた!」と思うでしょう。

逆に、感情を受け止めずに、行動だけを叱ると、親としては、行動のみを叱ったつもりでも、子どもは、その感情を抱いた自分をも、いけないものと勘違いする場合があります。

「悔しいと感じた僕は、悪い子。」と。

同じ叱られるにしても、感情を受け止めてもらうと、気持ちが落ち着いて、前向きな気持ちが生まれます。その前向きな気持ちが、誰かにHeipを発信する勇気につながります。

「Helpを発信する力」と、前回、お話しました「ありのままに感じ、ありのままに表現する力」

難しいと感じる方も多いと思いますが、少し意識して、日々を過ごしてみてはいかがでしょうか。

                                  (佐々木智恵)

 

生きる力って何だろう

「生きる力を育てましょう。」という言葉をよく耳にします。

「生きる力」とは何でしょう。

    今の子どもたちを見ていると、周りに合わせないといけない、秀でてはならない、目立ってもいけない、そんな空気が流れているように見えます。見ていて、苦しそう。

 本当の自分は何処にあるのでしょう。自分の感情や感覚が後回しになっていて、こんな風に感じる人間がいてもいいじゃないか、という空気が感じられないような気がします。

 いつも、周りの空気を一生懸命、読んでいる。それについて来れない者は、置いていかれる、異質なものとして、いじめの対象になったりします。全てがそうと言う訳ではありませんが、そんな空気が流れているように見えて気にかかります。

    何が気にかかるかと言えば、他者の感情を読み取る事が優先されて、自分の感情や感覚に鈍感になってしまうのではないかと言う事です。

 自分の感情や感覚に気づくことは、自分の命を守る力だと思います。この力が育っていないと、何となく感じる生きづらさから脱することができず、知らないうちに、心のエネルギーが減っていってしまうのです。

 自分は、今、嬉しいのか、楽しいのか、悲しいのか、辛いのか、腹を立てているのか、イライラしているのか‥‥それを感じることは大切なことです。

 感じることに良い悪いはありません。自分が感じていることは、素直に受け入れていいのです。それを受け入れることをしなければ、自分の心と向き合うことはできません。

    本来、子どもは、ありのままに感じ、ありのままに表現する力を持っているはず。いつから、その力に蓋をするようになるのでしょう。気づくと、親子の会話は、親「何でそう思うの?」子「そう思うから。」親「何が嫌なの?」子「嫌だから。」こんな会話の繰り返し。そんなことはありませんか?

    ありのままに感じ、ありのままに表現する力は、お母さんのお腹にいる時から、発揮されています。

 お母さんがリラックスしていると、お腹の赤ちゃんもゆったりしています。お母さんが高揚していると、動きが活発になったりします。

 誕生の瞬間は、大声で泣きます。今まで、暗くて温かくて、気持ちの良いお母さんの子宮の中にいたのに、突然、明るく眩しく刺激的な空間が現れて、びっくりしているのです。でも、お母さんの胸に抱かれて、お腹の中にいた時から聞き慣れているお母さんの声を聞くと、泣き止み、気持ち良さそうなお顔になりますね。

 どの赤ちゃんも素晴らしく、輝くばかりの生きる力を持って生まれてきます。その素晴らしい輝きを失わないように、見守っていけたらと切に願います。                                         

                                            (佐々木 智恵)