盛岡心理カウンセリング・ハミングバード

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04日

精神疾患の診断のあいまいさについて

精神疾患の診断名というのは、絶対的なものではありえません。つける側の見方によって変わりうるもの、患者の状態が変われば、必要に応じて変えるべきものです。

 

先日お会いした方は、20年以上統合失調症で服薬治療を続けていらっしゃいました。けれども、実際に症状があったのは、20年前の、とあるショックな出来事の直後のほんのしばらくの間だけ。その時は抑うつ状態で、言動がおかしかったり、悪口を言われているような幻聴があったりしたらしいのですが、以来ずっとお仕事をして、社会生活を送ってこられています。

 

日本の精神科医は、本当に簡単に統合失調症という深刻な病名をつけて、長期にわたり服薬治療を続けたがりますが、私ならこのケースには統合失調症という診断は下さないと思います。その当時の症状について、私はくわしいことは知りえないので、はっきりとは言えませんが、Major Depressive Disorder with Psychotic features(精神病性の特性をもつ大うつ病)のほうが、この方の場合、発症時の診断にふさわしい気がします。そして、私なら、ショックな出来事が及ぼしている心理的な影響を取り除くサポートをし、その後症状がなくなったら、診断名を変える、もしくは診断名自体、外すだろうと思います。(もちろん、私は精神科医ではないので、薬物治療自体できないというのもありますが。)

 

精神科医は、この方の症状は服薬によって抑えられているから、薬を飲み続けなければならないというでしょうが、実際のところ、回復したのち、薬をやめても症状は良好なまま変わらない人を、私はたくさん知っています。(また、悪い症状が、薬を飲んでも飲まなくても変わらない人も、たくさん知っています。こういう場合、個人的には、体が疲れたり、頭が働かなくなったりといった副作用がないだけ、薬を飲まないほうがいい気がします。)

 

もしかすると不必要、または誤った診断かもしれないのに、長い間、重い精神病のレッテルとともに生きてこなければならなかったこの方を、私は気の毒に思いました。

 

診断名というものがどうやってつけられるか、なぜつける側によって診断名が変わりうるか、診断名が患者にどういう影響を及ぼすかについて、私が常々から思っていることを、代弁してくれているかのような記述を、アメリカの精神科医であるBessel Van Der Kolk博士の著書、the Body Keeps the Scoreに見つけたので、下記に引用したいと思います。

 

我々がどのように患者の問題を定義し、診断を下すかによって、どのようなやり方で患者をケアするかが決まります。患者が精神治療を受ける過程で、5つ、6つのまったく異なる診断を下されることは、よくあることなのです。

 

もし医師が感情の起伏の激しさに注目するなら、患者は双極性障害(躁うつ病)と診断され、リチウムやバルプロエート(抗けいれん剤)を処方されるでしょう。もし専門家が患者の絶望感にもっとも強い印象を受けるなら、患者はうつ病に苦しんでいると言い渡され、抗鬱剤を与えられるでしょう。医師が患者の落ち着きのなさや注意力の欠如に注目するならば、ADHD(注意欠陥・多動性障害)とみなされて、リタリンその他の刺激剤で治療されるかもしれません。そして、もしたまたまクリニックのスタッフが過去のトラウマについて質問していたら、そして患者がその情報を打ち明ける気になっていたとしたら、その患者はPTSDの診断を受けるかもしれません。

 

これらの診断名は、いずれも完全に的外れというわけではなく、かといって、いずれの診断も、患者が誰なのか、何に苦しんでいるかを、意味のある言い方で表してはいません。

 

(中略)精神病の診断には深刻な因果関係があります。診断は治療を決定づけ、誤った治療は破滅的な結果を招く可能性があるということです。さらに、診断名のレッテルは残る生涯つきまとい、患者が自分自身をどう定義するかに深く影響を与えかねません。

 

(中略)これらの診断はいずれも、患者の多くに発現する並外れた才能や、困難な状況の中でなお持ち続ける創造的なエネルギーを、考慮に入れてはいません。

 

診断名がついている方は、便宜上つけられたその病気の名前に、必要以上に振り回されないでほしいと思います。私は、心の症状を「病気」ということに抵抗を覚えるのですが、仮に本当に 病気だったとしても、人=病気ではなく、Van Der Kolk博士がいうように、病気はその人という存在のごく一部でしかなく、人の可能性は病気を大きく上回るということを、忘れないでいてほしいと思います。