あー、今日も子どもを感情的に怒ってしまった‥‥
子どもは悪くないのに‥‥
ただ、わからないだけなのに‥‥
ただ、外で遊びたいだけだったのに‥‥
一日の終わりに子どもの寝顔を見ながら、そう反省する。
そして、
「よし、明日は、早起きして、子どもが起きてくる前に、粗方、家事を終わらせておこう‥‥」
そう心の中で誓う。
でも、やっぱり、次の日も同じ繰り返し。
こんなこと、無いですか?
これがエスカレートすると、
どんどん自分を責めていき、終いには、自分は虐待しているのではないかと、不安になってきたり、
逆に、子どもが自分を試しているのではないか、馬鹿にしているのではないかと、猜疑心が湧いてきたりする。
それは、裏をかえすと、
「良き母でありたい」「子どもの無垢な望みを叶えてあげたい」
という「自身の母としての理想」と「包み込む母性」故のことであると私は思います。
でも、母親とて人間。
家事もこなし、子育てもちゃんとこなす事は、とてもとても難しい。
この体験は、子どもにとっては、
この世は何でも自分の思う通りにはならない
ということを身をもって知るというチャンスだと、私は思います。
子どもの泣き声に少しイライラするけれど、
例えば、
「あなたの希望は、お母さん、よくわかっていますよ。だから、これが終わるまで待っててね。」
「これが終われば外に出れるよ」
などという見通しを本人に伝え、待たせてみてはどうでしょう。
そして、約束通り、実行し、待てたことを良いことだと本人に伝える。
このようなことを続ければ、
子どもは、「今は望みは叶わないけど、待てば、必ず、叶う」
ことを学習し、待てるようになるでしょう。
子どもの泣き声=子どもの学び=成長
このような考え方でいられると、少しは子どもへのイライラ感、罪悪感が減るのではないでしょうか。
(佐々木智恵)