Co-Dependence Anonymous(無名の共依存者たち)という自助グループが分類した、5種類の共依存パターンを、次にご紹介します。
否認パターン
- 私は、本当の気持ちを控えめに表現したり、変えたり、否定したりします。
- 私は、自分のことを、完全に利己心のない、他人のために尽くす人間だと思っています。
自尊心欠如パターン
- 私は、決断が苦手です。
- 私は、あらゆるものを裁き、態度や言葉も厳しく、ものごとが決して十分ではないと考えます。
- 私は、承認や賞賛や贈り物を受け取ることを、恥ずかしいと感じます。
- 私は、他の人に自分の欲求や願望を満たしてもらうよう、頼むことがありません。
- 私は、他の人が自分の考えや気持ちや行動を認めてくれることに、価値を置いています。
- 私は、自分が愛すべき人間、または価値ある人間だとは思いません。
従順パターン
- 私は、他の人の拒絶や怒りを避けるために、自分の価値や尊厳を犠牲にします。
- 私は、他の人の気持ちにとても敏感で、それと同じように感じてしまいます。
- 私は、非常に忠実で、有害な状況にあまりにも長く身を置いてしまいます。
- 私は、他の人の意見を、自分の意見よりも尊重し、異なる意見や自分の気持ちを表現することを恐れます。
- 私は、自分の興味や楽しみをわきに置いて、他の人が欲していることをしてあげます。
コントロールパターン
- 私は、たいていの他の人は、自分の面倒を見ることができないと考えています。
- 私は、他の人が、どう考える「べき」で、「ほんとうは」どう感じているかを、説いてきかせようと試みます。
- 私は、他の人が自分の助けを受け入れてくれないと、腹を立てます。
- 私は、乞われなくても、遠慮なく他の人に助言を与えたり方向性を示してあげたりします。
- 私は、自分が気にかけている人に、惜しみなくものをあげたり、何かしてあげたりします。
- 私は、他の人と関係を築く際、”必要とされる”ことが必須です。
回避パターン
- 私は、他の人が自分を拒絶したり、辱めたり、怒りを抱くよう、しむけます。
- 私は、他の人が思ったり、言ったり、したりすることを、厳しく裁きます。
- 私は、距離を保つために、感情的、身体的、性的な親密性を避けます。
- 私は、親密な関係を避けるために、人や場所やものに依存します。
- 私は、衝突や対立を避けるために、間接的または曖昧なコミュニケーションの取り方をします。
- 私は、自分の弱さを感じないように、感情や欲求を抑えます。
- 私は、感情表現は、弱さの表れだと信じています。
- 私は、感謝の気持ちを抑制します。
(参考文献:Rosenberg, R. (2013). The Human Magnet Syndrome: Why We Love People Who Hurt Us. Eau Claire, WI. PESI Publishing & Media.)
いかがでしたか。この中に、当てはまりそうなパターンがあったでしょうか。
共依存というのは、色々な視点から見ることができると思いますが、ごく大雑把にいうと、「アンバランス」というキーワードでくくることができると思います。
自分と他者との関係において、自分の存在にくらべ、他の人の存在が大きくなりすぎている。ギブ・アンド・テイクのバランスが崩れていて、与えすぎ・受け取りすぎ、の関係になってしまっている。自分と他者との間に、健全な境界線が引けておらず、他者の境界線に侵入して、相手が欲する以上に与えてしまう、など。
自分と他者とは、それぞれ、両方とも尊重する必要があり、どちらかを犠牲にしてどちらかに価値を置きすぎると、関係性のバランスが崩れて長い間にはひずみが大きくなり、必ずうまくいかなくなります。
そもそも、誰かの犠牲の上に成り立つ幸せなんてものは、決して長続きはしません。それは、そもそもこの世界が、自分と相手と両方とも満たされることによってのみ、調和が保たれるようにできているからだと思います。
(今回の共依存シリーズ、次が最終回の予定です。)