感情は、いわば神経回路を走る電気信号であり、必要なものです。
脳は感情の信号をキャッチして体に指令を出します。例えば、恐怖を感じたら、体の筋肉を収縮させ、心拍数を上げ、呼吸を止めて、戦うか逃げるか、いずれにせよ、早く動けるように準備をします。(戦うか逃げるか以外に、フリーズするという第三の反応もありますが、ここでは便宜上省きます。)
感情の生み出すエネルギーは、行動への駆り立てにもなります。例えば、恐怖と同様、怒りも、自分を傷つけるものから身を守るための行動を促し、不当な扱いを受けたとき、立ち上がってノーというためのエネルギ―源になります。
感情のもう一つの役割は、意思伝達です。感情が巡ると表情にそれが現れ、言葉より早く、相手に思いを伝達します。相手がどう思っているか、 表情筋やしぐさが、無意識のうちに、 言葉よりも正確に伝えます。
日々の出来事や、頭の中で考えたことの結果の反応として、感情が沸き上がるのは自然なことであり、体にエネルギーを巡らせることになります。
感情を感じないように抑圧したり、感情の信号を必要以上の向精神薬などで遮断すると、流れが澱んで停滞し、濁った状態になり、感覚としては、鈍い、無気力な感じがするようになります。
感情を巡らせることは、生き生きと精力的に生きるためには必須なのです。
感情そのものは、このように、人にとって必要不可欠であり、有益になりうるものです。感情に いい、悪いはありません。 怒りや恥、恐れ、自責の念など、不快な感情であっても意味があって起こるもの、私たちに何かを教えてくれる大切なサインです。
ただし、感情が有害物質と化して、心身をむしばむことがあります。
それは、感情が長く留められたときです。
怒りや恥、恐れ、自責の念などの、いわゆる「ネガティブな感情」(本当は感情にネガティブもポジティブもないのですが)は、早めに手放すことができれば、有害物質にはならないのですが、ずっととどめていると、心が病むことはもちろん、体にも影響が出てきます。
以前、アメリカでカウンセラーとして働いていた時、強烈なトラウマを何十年も抱えて生きてきた人が、毎日のようにオフィスを訪れてきたのですが、こういう人たちは、若くてもあちこちに痛みがあったり、病気になったりする人が非常に多かったのが印象的でした。
その中に、子供のころに性的虐待を受けた30代の男性がいました。この人は、痛みのあまりにそれを誰にも言えず、ずっとアルコールで痛みを抑え込んで生きてきたのですが、その代償として、非常に怒りっぽい性格になっていました。些細なことで激情に駆られ、しょっちゅう喧嘩していたので、対人関係でも問題がつきず、警察のお世話になることもたびたびでした。彼はとても体格がよく、強そうな肉体の持ち主でしたが、見かけに反して体のあちこちに痛みが出ていて、スーパーで買い物をするときも、電動車椅子を借りて移動していました(アメリカには貸し出し用の車椅子があるのが普通でした)。この人が、幼少期の性的虐待のいきさつを私に初めて打ち明けたとき、何十年にもわたってせき止めていた感情が、一気にあふれ出し、号泣して、いつまでも泣き止まなかったのを、今でも覚えています。感情が突破口を見出し、解放されたことで、この人の気持ちはその後少し楽になり、穏やかになりはしましたが、何十年も抑圧され、とどめられた感情は、原初に形成されたより何倍も厄介なものになり、癒すのも困難になるので、その後もなかなか一筋縄ではいきませんでした。
この男性に限らず、長年留められた感情が、細胞レベルで体をむしばんでいると思われるケースは、たくさんありました。
ここまで深刻なケースでなく、日常で嫌な思いをしたときであっても、感情のサインを認め、受け取ったら、できれば早めに切り替えることをお勧めします。
感情は、認めて感じきったら、役割を終えて自然に消えていきます。なので、感じてあげることは大事なのですが、思考による解釈で感情を強めてしまう場合があり、その点は要注意です。
誰かと関わって、嫌な気持ちになったとき、その気持ちだけ、理屈抜きで感じてあげれば早く終わり、切り替えもそんなに時間がかからずにできるのですが、
「どうしてこんなことになったんだろう」
「あの人が悪い。あの人のせいでこうなった」
「私が悪いからこうなった」
「私はなんてついていないんだろう。みんなは幸せそうなのに。きっと不幸の星のもとに生まれてきたんだ」
等、思考を使って分析や解釈、いい悪いの判断をしたりすると、もともとの感情を強化して、自分の中に根付かせてしまいます。根付いた感情は時間がたつほどに有害化します。
時々、「あいつのせいで不幸になった」「あの出来事さえなかったら」あるいは「またこうなったらどうしよう」「きっとこうなるにちがいない」と、起こった出来事を取り出しては、 延々考え続けてエネルギーを与えることで、何十年も恨みや恐れを持続させている人がいます。
思考による反復は、何度も往復して強く轍を刻み込むようなもので、自分の中に刻印を作ってしまいます。それによって害をこうむるのは自分自身にほかなりません。
なので、そうならないよう、「つらかったな」「悲しかったな」「腹が立ったな」と自分の感情を優しく認め、受け止めてあげたら、あとは頭で考えて変に定着させないこと。自分や誰かの悪口を頭の中で言っているのに気づいたら、意識的にもっと快いものを見たり、聞いたり、考えたりして、切り替えることが大切ですね。
ちなみに、普段から、美しいものを見る癖をつけると、潜在意識の中のストックが増えて、切り替えが早くなるのでお勧めですよ。