よく言われるように、現在、すなわち、「今、ここ」に生きることは、いちばん効率がよく、かつ、心の健康のためにも、最善な生き方です。
未来はまだ来ていないので、どうにかすることはできず、どうにもできないことをどうにかしようと思うと、気を病むばかりです。それよりも、実際に動いて変えられる唯一の時制である現在に意識を集中し、今できることをやったり、楽しめることを楽しんだほうが、無駄がない。
それに、現在において、最善を尽くし、最良の選択をすれば、おのずと未来もいい方向に変わっていきます。
同様に、もう過ぎてしまった過去のできごとも、変えようがありません。変えようがないことで腹を立てたり悔んだりしても、精神エネルギーを無駄に消耗するだけで、建設的ではありません。一番いいのは、過去の失敗を学びに変えて、現在をよりよくする糧として生かし、あとは忘れることでしょう。
実際、心理療法の中には、過去のことは一切取り合わず、現在だけを重視するやりかたもあります。
確かに、過去は過去と割り切って、忘れてしまえるのならいいのでしょうが、ただ、人間、なかなか、そううまくはいきません。
私は、過去に経験した強い思いがいまだに現在に影響しているのなら、過去に戻ってまだ癒えていない傷を癒やすことは大切だし、また、必要であると考えています。
実のところ、過去とか未来というのは存在せず、人間が生きている、すなわち、経験することが可能な時制というのは、常に現在しかないともいえます。
人生のある時点で、人が強い感情的な経験をした際、それが極度に不快だった場合、意識の中で薄れることができずに、常に今に影響しつづけてしまいます。そういった意味で、起こったことは過去であっても、その経験のもつエネルギーを感じているのは、現在であるということになります。いわば、過去と現在がつながってしまっている状態になるわけです。
特に、痛すぎて感じたくないと思い、無意識の中に閉じ込めてしまった場合、その痛みは一時的にはなくなったように感じれるかもしれませんが、実のところ、閉じ込めている分、より強烈になってしまいます。閉じ込められた感情というのは、必ず解放を求めて外に出ようとするものであり、長く閉じ込めておけばおくほど、もがいて暴れるものだからです。
閉じ込めたまま、「今、ここ」に生きようとしても、繰り返し、潜在意識の下にある未浄化の感情は、
「ここにいるよ。こっちを見てよ。ここから出してよ。」
とサインを送ってくるものなので、そのたび、過去に引き戻されてしまいます。
原因のわからないパニックアタックとか、全般性不安障害、強迫観念症、繰り返し起こるうつ症状などは、無理やり押し込めて忘れようとした痛みの無言の訴えであることが多いように思います。
こういう理由で、現在に直結した過去の感情が残っている場合は、過去にさかのぼって対面し、閉じ込められたものを解放してあげることが、心の回復への早道だと、私は思います。