盛岡心理カウンセリング・ハミングバード

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人工的に悩みを取り除くということ

人工的に悩みを取り除くということ

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戦後、ロイコトミー(頭前野白質切断術)という手術が一時的に流行ったことがありました。

これは、外科手術で脳の一部に傷をつけることにより、不安や落ち込みを覚えなくさせるという、当時は画期的な方法で、不安や抑うつが強い患者に用いられたようです。

しかしながら、この手術には、不安や落ち込みをなくすという効果と引き換えに、別の大きな問題を生じさせるということが、実際に手術を重ねるうちにわかってきました。

この手術を受けた患者は、社会的に機能できなくなるほど、人格が変わってしまうのです。

所構わず失禁し、ヘラヘラ笑っている。失業して、経済的に困窮しても気にせず、奥さんと小さい子供が路頭に迷っても意に介さない。

結局、悩む能力を奪うということは、人としての尊厳を奪い、人格を破壊するということに他ならないのでしょう。

これは、とりもなおさず、悩む力は、人間に自然に備わったものであり、社会的に機能していくため、ひいては問題に直面してそれを解決し、自分を向上させていくためにも、必要なものであるということを物語っています。

ロイコトミーは、その効能の疑問点と副作用のために、行われなくなりました。おそらくその後、向精神薬の開発が進み、脳手術で治療しなくても、不安や抑うつには薬で対処できるようになったということもあると思います。

概して向精神薬には、神経伝達物質の分泌を操作して、感情シグナルを人工的にコントロールするという作用があります。

それを考えると、向精神薬を使いすぎることは、やはり、人の精神を益するよりは害を及ぼす結果にならないかと、個人的には危惧をしてしまいます。

私は精神科医ではなく、薬は処方しないので、向精神薬については専門外ですが、アメリカの大学院のカウンセリング教育課程では、大まかな薬についての知識を学ぶ機会はあるし、実践的にも、薬物治療を受けているクライアントさんを大勢診てきたので、一般の人よりは、その作用に触れる機会があったかと思います。

例えば、現在、鬱や不安症状緩和のために、一般的に使われているSSRI(Selective serotonin reuptake inhibitors=選択的セロトニン再取り込み阻害薬)という薬は、セロトニンが伝達する経路を邪魔して、再吸収されないようにすることで、セロトニンの活動を活性化する作用があります。セロトニンを司る神経物質は、脳内に広く分布して、情報を伝えます。例えば、俗に快楽物質といわれるドーパミンや、興奮作用のあるノルアドレナリンなどの感情的な情報を操作し、精神を安定させる作用があります。

SSRIは、10年ほど前には、副作用のない画期的な抗鬱剤で、依存性も少なく安全であると言われていましたが、使用が広まるにつれ、場合によっては深刻な副作用を及ぼしうることがわかってきました。具体的には、SSRIを使うことにより、恐怖感がなくなり、攻撃性や衝動性が高まる可能性があるといわれています。実際に、SSRIを使用したことで、自殺願望が高まり、実行するに至ったケースがあり、アメリカでは裁判沙汰になりました。

専門家ではない私が、素人目で思うのは、薬を使って、特定の神経物質を、長期にわたって無理に増やし続けたら、脳や神経、ホルモンを含め、肉体に多大な負担がかかるのではないか、ということです。また、自然にドーパミンやノルアドレナリンなどの物質を作り出す力が奪われてしまい、薬なしでは正常に精神を機能させることができなくなってしまうのも、怖いことだと思います。一時的には気分が改善されるかもしれませんが、薬で感情をコントロールすると、代償が大きいのではないかと思います。

以前、アメリカで私のクライアントさんだった方は、家族が何人も自死しておられ、特に弟さんが自死する前、かけてきた電話にちゃんと応対しなかったことで、大きなトラウマを抱えておられました。彼女は、長年にわたって、麻薬を常用して、押しつぶされそうな罪悪感から気を紛らわせ、麻薬をやめてからは、痛み止めや向精神薬を多量に常用していました。初めて会ったとき、彼女の表情は固まってしまったように無表情で、声に抑揚もなく、薬によって長年、自然な感情を麻痺してきた人特有の様相を呈していました。

その後、カウンセリングで少しずつ話をするにつれ、彼女の表情は活気を取り戻し、今まで触れることさえできなかった、弟さんの自死についても、ほんの少しなら話ができるようになりました。とても楽になった、ありがとう、とその時は感謝してくれた彼女でしたが、やはり、心の傷の深いところを見ることを、とても怖がっており、それ以上のプロセスを進めることはあまりできませんでした。亡くなったほかの家族の方や、生い立ちに関しては、一切話をすることができず、少し何かあれば、異常におびえてパニックになってしまうのです。

彼女は、感情を長年抑圧してきた人によくあるように、体のあちこちに痛みがでており、一般の開業医から麻酔薬を処方してもらっていたのですが、ある時、処方量以上を摂取していることが医師にばれて、処方をストップされました。(アメリカでは向精神薬の依存が社会的な問題になっていて、患者に何かあった場合、医師の責任になるので、医師は近年、あまり依存性の高い処方したがらなくなっています。)明らかに彼女は、体の痛みだけではなく、心の痛みを麻痺させるために、薬を常用していたのです。それが切れると、正常に機能できなくなるため、半狂乱になって、私のオフィスにやってきました。

最後の方には、彼女は、薬がないとやっていけない、なんとか私からも医者を説得してくれないかと懇願するばかりで、セッションに来ても、カウンセリングどころではありませんでした。実際、彼女が処方薬を過剰摂取してしているのは明らかで、オフィスに来て、書面にサインしてもらおうとしても、ペンが持てない、署名も満足にできない、というありさまでした。彼女の状態を危惧した私は、守秘義務を破って、彼女の夫に電話し、彼女から目を離さないよう、伝えました。

その後しばらくして、彼女は、薬の過剰摂取により、亡くなりました。自死ではなく、ショック死だったようです。長年にわたる大量の薬が、彼女の体に耐えきれないほどの負担をかけていたのだと思います。

心の痛みは、薬で麻痺させることはできても、癒すことはできないと思います。

感情を感じることは、時には辛いものですが、必要だから起こっていることなのです。感情という情報のサインを遮断してしまうと、一時的に苦しみは減るように思われるかもしれませんが、結局、自分の人生を豊かにする術を失うことにもなるのだと思います。

悩んだり落ち込んだりするということは、自分の内面へ目を向けて、必要な癒しを与え、人間として成長し、人生にもっと大きな喜びをもたらすための機会にもなりうるということ。その機会を奪うということは、人間らしさを奪うということにもなりうるのだということ。

薬を飲まなければ、生きていけないほど辛いことも、人生には起こりうると思うし、向精神薬が絶対にダメだとは私は言えませんが、そのことは念頭に置いておいてほしいなと思います。

 

                                                 (Chika)

 

 

 

 

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